シングルケーススタディデザインによる回復期ブラウンセカール症候群に対するロボティクストレーニング効果に関する研究
説明
【はじめに、目的】近年,ロボットスーツHAL福祉用(以下HAL)を用いた歩行練習効果の報告は増えており,理学療法場面における有効性が伺われるが,それらは,慢性期症例や短期間介入に関する報告が多く,回復期での一定期間に亘る介入に関する報告は少ない.今回,日本では希少な外傷性脊髄損傷によるブラウンセカール症候群の回復期の症例に,HALを用いた断続的なトレッドミル歩行練習を行い,その効果をシングルケースデザインを用いて検証することを目的とした.本研究は財団法人茨城県科学技術振興財団による生活支援ロボット研究開発推進基金により実施された研究の一部である.【方法】対象は外傷性不全脊髄損傷によりTh5不全対麻痺・ブラウンセカール症候群を呈した60代女性である.受傷約2ヶ月後に当院に転入院した.転入院時の身体機能は,MMTで腹筋群3/2,下肢筋力4/1,左損傷高位以下表在・深部感覚共に重度鈍麻,右温痛覚重度鈍麻,起居動作は上肢使用し自立,歩行は両上肢支持にて平行棒内近位監視,院内移動は車いすを使用していた.入院時より通常の不全脊髄損傷者に対する理学療法を1日1回1時間で週5回実施し,それとは別にトレッドミルを用いた歩行練習(以下歩行練習)の介入を入院5週後(受傷3ヶ月後)より開始した.研究はABA型シングルケースデザインで,介入はHAL未装着で歩行練習を2週間(以下A1期),続いてHAL装着下で歩行練習を2週間(以下B1期),その後HAL未装着で歩行練習を2週間(以下A2期)実施し,最後にHAL装着下で歩行練習を2週間(以下B2期),週3回の頻度で行った.練習中の歩行速度は,快適速度で連続歩行を上限30分とし実施した.練習の中断基準は,心拍数140以上,Borg14以上,ふらつき,疲労の訴えがあった際は3分間の休憩を設けた.中断時に総歩行時間が20分未満の場合は練習を再開し,総歩行時間が20分以上又は30分に達した時点で終了した.歩行能力評価は,毎回の歩行練習開始前に10m最大歩行速度(以下歩行速度),歩行率,歩幅を測定,身体機能評価は同様に,静止立位時の両側足圧重心累積移動距離(以下LNG)(下肢荷重計G620(アニマ社製)使用)を計測した.各期(各期初回の評価値は前期に含む)の能力の推移を,最小二乗法加速減線と二項検定を用いて分析し,有意水準は5%未満とした.【倫理的配慮、説明と同意】本研究は本学倫理委員会の承認を得,対象者は公募とし,研究の説明の後に書面にて同意を得て実施した.【結果】歩行速度の最小二乗法加速減線は,A1期y=0.844x+0.292m/s, B1期y=1.18x+0.363m/s,A2y=0.349x+0.497m/s,B2期y=0.359x+0.586m/sで,B1期からA2期で有意な向上が認められた.歩行率の最小二乗法加速減線は,y=0.466x+75.9歩/分,B1期y=1.77x+75.7歩/分,A2期y=0.275x+98.1歩/分,B2期y=0.606x+107歩/分で, B1期からA2期で有意な上昇が認められた. 歩幅の最小二乗法加速減線は,A1期y=0.850x+38.3cm,B1期y=0.511x+48.7cm,A2期y=0.0665x+51.8cm,B2期y=-0.0269x+56.0cmで,A1期からB1期,B1期からA2期で有意な減少,A2期からB2期で有意な増加が認められた.LNGの最小二乗法加速減線は,A1期y=0.291x+27.4cm,B1期y=-0.295x+29.6cm,A2期y=0.227x+18.6cm,B2期y=-0.0410x+21.8cmで,A2期からB2期で有意な改善が認められた.【考察】歩行速度と歩行率における最小二乗法加速減線の傾きはA1期よりもB1期で増加,A2期よりもB2期で微増,B1期とA2期の比較で有意に低下したことより,HAL装着下の歩行練習が歩行能力改善に有効であったことが示唆される.歩幅の最小二乗法加速減線の傾きは,A1期よりもB1期,B1期よりもA2期,A2期よりもB2期で低下したが,歩幅の値はA2期からB2期では有意な増加を示しており,HAL装着下での歩行練習期であるB2期で有意に能力の改善があったことを示唆している.A1期からB1期移行時の歩行速度・歩行率・歩幅の低下に関しては,HAL装着により歩行方法が変化し,A1期に獲得した歩行パターンからHAL装着下での歩行パターンへと運動方法が変化している時期であると考えられる.LNGは,A1,A2期の最小二乗法加速減線は正の値(増加)を,B1,B2期では負の値(低下)を示した.これは,有意差は認められていないが,HALの使用によりLNGに改善がみられたことを示唆している.以上より,本症例で得られた歩行速度と歩行率の改善にはLNGの改善が寄与していることが示唆された.これは吉川らのHAL装着下での歩行練習効果として立脚時間の左右対称性の改善をきたし,弱側下肢へ荷重がし易くなったことがバランス能力の改善に繋がる,という報告と同様の効果が得られたと考えられる.本症例のように重度の感覚障害を合併する症例においても,HALを用いた介入によるバランスと歩行能力の改善効果が期待出来ることが明らかになった.【理学療法学研究としての意義】HALを理学療法機器として用いるには多様な症例・時期に介入し,エビデンスを増やしていく必要がある.本研究では重度感覚障害に対するHAL介入の有効性を示唆できたことに意義がある.
収録刊行物
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- 理学療法学Supplement
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理学療法学Supplement 2012 (0), 48101287-48101287, 2013
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
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キーワード
詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390282680553396736
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- NII論文ID
- 130004585564
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
- CiNii Articles
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可