エレン・リチャーズの『ユーセニクス』(第2章から第4章)にみる家庭科の今日的意義

書誌事項

タイトル別名
  • The Meanings of Home Economics Education Based on Richards' <i>Euthenics</i> (Chapter 2-4)

説明

1. 研究目的と方法<BR>  今日、我が国の子どもを取り巻く環境は、「市場の論理」の家庭や学校への浸透、教育と生活の分断に特徴づけられよう。こうした状況のもと、家庭科教育はどのような役割を担うべきで、その意義と重要性をどのように示していけばよいのか。そのためには、学習指導要領や、単なる「食育」ブームを超えた、家庭科独自の教科理論の確立が必要である。<BR>  本シリーズの第1報では、エレン・リチャーズの著作『ユーセニクス(Euthenics)』と我が国の家庭科の教科理論研究の関わりの経緯について検討し、『ユーセニクス』が家庭科固有の教科理論とされながらも、その具体的内容については空白のままであることを指摘した。同時に、エレン・リチャーズの生涯にわたる活動と家庭科教育との関連及び晩年の著作『ユーセニクス』の 全体像の紹介を通して「家庭科の本質」の一端を概説・考察した。<BR>  続く第2報では、『ユーセニクス(優境学)』 にみる目的や手段など、その実体について記された序章と第一章を取り上げ、ユーセニクスの基本定義や、目的、推進方法、「予防の原則」に基づく家庭科の姿、「正しい環境創造という科学観」と「環境制御という教育観の調和」など、家庭科の教科理論となる材料を提示した。<BR>  本報では、『ユーセニクス』(1910)の第二章から第四章を取り上げ、リチャーズの他の著作ならびに彼女の生涯の活動、更に、当時の時代的背景等を踏まえつつ、家庭科の基本理念との関わりで総合的把握・解釈を試みた。<BR> <BR> 2.主な結果と考察<BR>  序章から第四章は、ユーセニクス(優境学)の実体、および、その基礎に関する概説である。本報で取り上げた各章のタイトルは次の通りである。<BR>  第二章:「個人の努力は個人の状況を改善するために必要である。家庭と暮らし、食物等の習慣。良い習慣は時間と労働の節約になる。―信念―」<BR>  第三章:「地域社会の努力は、市街や公的な場所において、万人のために、水やミルク、病院、市場、住宅問題などに関するより良い状況を作り出すために必要である。隣人のための抑制。―希望―」<BR>  第四章:「個人および地域の前進的努力の互換性。ある時は個人的努力が、またある時は社会的努力が優先する。―信念と希望―」<BR> <BR>  リチャーズの提唱する「ユーセニクス」は、人間生活の生態学的把握のもと、すべての人々の健康と幸福な生活の実現のために生活環境を改善することに関する科学であり、その推進は、科学と教育を生活に結びつけることによってなされる。<BR>  本報で扱った、第二章から第四章は、この新しい科学の基礎として、個人と地域社会の相互関係性に焦点が当てられている。<BR>  リチャーズは、人間の存在を「有機的自然の一部」とみなす共生的人間観に立ち、彼女の言う個人とは常に「地域社会の一員としての人間」である。そのようなエコロジカルな認識のもとでは、共同体全体の幸福の実現なしに、個人の幸福の実現は不可能で、個人と地域社会は共通の目的に向かって協力し合わねばならないのである。<BR>  そこで、人々がこのような認識のもと、強制によらず、主体的に自らの生活環境を制御できる力をもつことができるよう、民主的手段(教育)による科学的知識の普及と、個人の主体的生活改善を導く信念や倫理につながるような教育の重要性が示される。その際、人間心理への詳細な配慮が随所に見られる。また特に、正しい生活を通した家庭教育における「習慣」形成の大切さに着目し、家庭生活がエコロジカルな視点で営まれることの社会的意義についても言及している。<BR>  また、そうした教育を支える手段として、科学的知識とそれに裏付けされた生活基準を準備し、地域社会をリードするための専門家の役割についても強調されている。<BR>  以上から、地域社会のなかの一個人としてどう生きるか、どう振る舞うかを問う教育、即ち、今日の社会状況のもとで「公共の福祉」や「共通の関心」に基づく市民教育としての家庭科の意義が確認された。また、科学的知識が教育を通して日常生活に応用されることまでを見通した家政学研究の必要性が示唆された。<BR>

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680573318016
  • NII論文ID
    130006963734
  • DOI
    10.11549/jhee.53.0.52.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

問題の指摘

ページトップへ