ヒト脳研究を視野に入れた分子プローブ概念の構築と展開
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- 鈴木 正昭
- 岐阜大院医
書誌事項
- タイトル別名
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- Molecular Probe Concept and its Development in Brain Research
抄録
脳は科学に残された最後のフロンティアであり、今世紀には、脳疾患、疲労、人工知能、幼児教育、など近未来を象徴する新規課題の解決に向けた「ヒト脳科学の時代」が予感される。ヒト脳研究の難しさは生体を傷つけないように研究を推進しなければならないことである。また、脳機能は、主に脳内の分子同志の相互作用の結果生ずるものと考えられ、従って、研究は分子レベルを志向する必要がある。このようなin vivo分子科学の推進には「新しい化学」が必要である。本講演では、最近、演者らが進めている「分子プローブ概念」によるプロスタグランジン(PG)類の脳科学研究について言及する。 PG類は、われわれの体内に極微量、しかもあまねく存在し、生体の恒常性の維持のために働くオータコイド(局所ホルモン)として認識されている強力な生理活性物質である。脳内でのPG類の役割を解明するには、中枢と末梢型機能を識別する特異性だけでなくin vivo系で応用可能な高い代謝安定性と血液脳関門透過特性を兼ね備えた高機能性分子プローブの創成とその活用のための非侵襲的解析法が必要である。 演者らは末梢系で最強の活性を示すプロスタサイクリン(PGI2)に着目し、その脳内での役割の解明を目指して高機能性分子プローブの開発に挑んだ。その結果、脳実質内に中枢型PGI2受容体(末梢型IP受容体IP1に対してIP2と命名)を発見するとともに、このIP2に特異的に結合するPGプローブ、15R-TIC(1)の創製に成功した1。この15R-TICは高酸素下の海馬神経細胞のアポトーシス(in vitro)および脳虚血後の神経組織の変性(in vivo)のいずれの系に対しても顕著な神経保護作用を示した2。続いて、ヒト脳内のIP2受容体のPET法による分子画像化を目指し、まず、15R-TIC毋核への短寿命陽電子放射核種11C(半減期20分)を導入するための高速メチル化反応を開拓した(65 °C、5分、90%以上の收率で進行するはじめてのStille型sp2/sp3カップリング)(式1)。さらに、この基盤化学反応を基にPETトレーサー、15R-[11C]TICメチルエステル(2)を高放射能量(2.5 GBq)で合成し、その静脈注射によりサルおよびヒト脳内のIP2受容体の分子イメージングに成功した4。続いて、末梢型PGI2受容体(IP1)5に特異的なアゴニストであるイロプロスト(3)のω側鎖に存在する1-propynyl構造に着目し、これまで反応化学的に未解決であったStille型sp/sp3カップリングによる高速メチル化の実現に挑んだ。その結果、2-heptyneの合成をモデル反応として、反応は、[P(t-Bu)3]/CsF or KF, 60 °C, 5 分の条件下、90%以上の收率で進行することがわかった(式2)6。本条件の適用範囲は広く上記のイロプロストをはじめ多官能性化合物に応用できる。現在、[11C]イロプロストメチルエステルの合成を検討中である。 なお、先に創成したStille型sp2/sp3カップリングは演者らのグループのみならず現在世界中の多くのPET研究者に活用、愛用されつつある7。また、後者のsp/sp3カップリングもPET研究を躍進させる重要なツールとして今後その活用が大いに期待される。 近未来、我が国は未曾有の高齢化社会を迎える。ヒト脳研究を視野に入れた新たな「分子プローブ概念」の創造と展開は今後の生命科学の焦眉かつ先導的指針として大きな期待が寄せられている。最先端化学/生物学/医学が結集した新しい融合型学問領域の創成による「創薬新パラダイム」の誕生を切に願うものである8。
収録刊行物
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- 反応と合成の進歩シンポジウム 発表要旨概要
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反応と合成の進歩シンポジウム 発表要旨概要 29 (0), 118-119, 2003
日本薬学会化学系薬学部会
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キーワード
詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390282680610072576
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- NII論文ID
- 130006995408
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- データソース種別
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- JaLC
- CiNii Articles
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可