入院初期より長下肢装具を使用し異常歩行の改善を図った一症例

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  • 西村 卓朗
    アルペンリハビリテーション病院リハケア部

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抄録

【はじめに】本症例は右放線冠ラクナ梗塞にて左片麻痺を呈した症例である.運動麻痺は軽度であり,歩行は介助なしで可能であったが,体幹下部・左股関節周囲筋の筋緊張低下が著明であり異常歩行が定着しつつある状態であった.そのため,長下肢装具使用での歩行練習にて体幹下部・左股関節周囲筋の異常筋緊張改善を図ることで異常歩行の修正を集中的に行った.その結果を考察を加えて報告する.<BR>【患者情報】50歳代男性.平成22年9月右放線冠ラクナ梗塞を認め保存的加療,10月当院転院となる.既往歴として昭和52年脳腫瘍(放射線治療),昭和60年良性頭部腫瘍(手術),平成21年左放線冠ラクナ梗塞を認める.発症前ADLは独歩で移動し,母の買い物のため車の運転も行っていた.社会的情報は母と2人暮らしで無職である.<BR>【初期評価】運動麻痺(12段階式片麻痺機能テスト)は左上肢グレード3(テスト3不十分,テスト4不可)で,左右下肢はグレード9(テスト8可能、テスト9・10不可)であった.筋緊張は触診にて体幹下部,大殿筋の筋緊張低下を認めており,立位姿勢では頚部・体幹前屈位であった.上肢の懸振性検査では左上肢の振幅はなく常時左上肢屈筋痙性が亢進している状態であった.また,抗重力肢位への移行(臥位→座位→立位)に伴い左上肢屈筋痙性のさらなる亢進を認めた.足クローヌスは左右陽性であった.ROMは左右足関節背屈-5度,左肩関節外転90度,外旋-30度と制限を認めた.歩行は右手にてT字杖使用し近位見守りで歩行可能であり,動作様式は3動作揃え型であった.歩容は左踵接地を認めず,左立脚後期での左股関節伸展なく,体幹前傾・左膝関節過伸展を認めた.10m歩行は1分44秒(54歩)であった.<BR>【治療内容】治療には当院備品のPacific Supply製長下肢装具(膝継ぎ手:ダイヤルロック,足継ぎ手:ダブルクレンザック,ゲイトソリューション)を使用した.設定は,ゲイトソリューションの油圧ダンパー3.0で底屈制動,背屈制限なしとした.使用目的は,自由度制約による運動の単純化として腸腰筋・大殿筋の促通,ロッカーファンクションの獲得,良好なアライメントの構成,歩行リズムの構築の4点とし.介助方法は左立脚初期~中期での大殿筋タッピング,左下肢振り出し時の右下肢重心移動を介助し,1日に10m歩行を3~4回行い入院直後より1ヶ月間継続した.なお,この期間の歩行は理学療法介入時のみとし,その他の移動は車椅子を使用した.<BR>【経過】入院1ヶ月後,左膝関節伸展位での踵接地,左立脚後期での体幹前傾,膝関節過伸展軽減を認めた.そのため,長下肢装具使用での歩行練習を終了し,3食食事時のT字杖歩行を導入し(片道10m)段階的に歩行量を増加した.入院から3ヶ月後,病院内T字杖歩行自立となった.<BR>【最終評価】運動麻痺(12段階式片麻痺機能テスト)は左上肢グレード7(テスト5可能,テスト6・7不可)と随意性向上を認めたが,左右下肢のグレードは変化を認めなかった.筋緊張は触診にて体幹下部,大殿筋の筋緊張改善を認め,立位姿勢は頚部・体幹正中位保持可能となった.また,上肢の懸振性検査では,左上肢の振幅が拡大し抗重力肢位への移行に伴う左上肢屈筋痙性亢進の軽減を認めた.ROMは左右足関節背屈5度となり,左肩関節は外転130度,外旋-20度となり改善を認めたが最終可動域にて疼痛を認めた.歩行は右手にてT字杖使用し自立となり,動作様式は2動作前型となった.歩容はロッカーファンクションの出現を認め、ヒールロッカーからアンクルロッカーへの移行がスムーズとなった.また,左立脚後期での左股関節伸展により左膝関節過伸展,体幹前傾が軽減し異常歩行軽減を認めた.10m歩行は30秒(36歩)と歩行速度向上を認めた.<BR>【考察】吉尾らによると,長下肢装具を装着しての歩行練習については,全身のアライメントを調整し麻痺側股関節の積極的な動きを伴った運動学習や,踵接地・足底接地による荷重連鎖の形成,伸展した麻痺側腸腰筋による積極的な振り出しなどの目的があると報告されている.本症例においてもこれに基づき,腸腰筋・大殿筋促通での立位アライメント修正,歩行リズムの構築などを目的に,長下肢装具を使用しての治療を選択した.結果,左股関節周囲筋の異常筋緊張が改善し,体幹筋の抗重力活動を行いやすくなったことで立位アライメント修正・異常歩行改善を図ることが可能となった.このことから,本症例において,長下肢装具の使用は股関節周囲筋の促通・歩行リズムの再構築を図る治療手段として有効であることが示唆される.

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