シンポジウム  はじめに─“食と健康”のサイエンス

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  • Symposium: [title in Japanese]

抄録

中国には“医食同源”(Medicine and food share a common origin)の思想がある。古代ギリシャの哲学者で医学の父といわれるヒポクラテスは“食を汝の薬とせん、薬を汝の食とせん”(Let food be thy medicine and medicine be thy food)の言葉を残した(1)。“食と健康”に対するこのような共通の認識が洋の東西に昔からあったことは大変に興味深い。<br>  しかし、サイエンスとしての食の研究は20世紀に入ってから本格化した。しかも、その対象は食品の薬理学ではなく栄養学であった。米糠から最初のビタミン(現在のビタミンB1)を発見し、五大栄養素の概念の確立に貢献された鈴木梅太郎の業績(2)は、これを象徴するものといえよう。栄養学は学術面のみならず、戦前・戦中の食糧問題・健康問題を抱えた社会に実践的貢献をも果たした。戦後になると、食品のおいしさを追求する研究がこれに加わった(3)。調理科学の発展はその原因であり、結果でもあると思う。こうして現代食品科学は栄養と嗜好を主要な研究対象としつつ世紀末を迎えた。ここで急浮上したのは、豊饒の時代を謳歌する先進社会にありがちな飽食、偏食、不適切なダイエットといった食生活の乱れであり、それが原因で発症する生活習慣病への危惧であり、またそれを食によって予防したいという強い願望であった。サイエンスも即刻これに対応した(4)。<br>  その結果わが国で誕生して世界へ伝播した食品機能論とその応用である機能性食品は Nature (5) によって“日本は食と医の境界に踏み込む”と紹介されて各国へ広まり、“functional food science”という新領域を形成するに至った(6)(7)。これは、生活習慣病を予防する食品の解析から開発までを含む“医食同源”の先端的科学であり、いま、学術的にも社会的にも最も注目されている“食と健康”のライフサイエンスなのである(8)。<br>  この中で最近、活発に研究され始めたのは、ヒトやモデル動物に投与した食品成分の機能性・安全性を肝臓などの組織で発現する遺伝子のプロフィールの計測から検証するニュートリゲノミクス(nutrigenomics)という新技術である(9)。渡辺らのグループは食材からアレルギー原因物質(アレルゲン)を除去した機能性食品として低アレルゲン小麦粉を開発したが、演者らは、DNAマイクロアレイを用いたニュートリゲノミクスによりこの小麦粉の投与は腸管免疫寛容を誘導し、しかも原料小麦粉(対照)の投与と同等の安全性を示すと予測し得る結果を得た(10)。また、唐辛子のカプサイシンを舌に塗布して発生させた辛味の感覚が、その数時間後には、口中に抗菌タンパク質遺伝子を発現させることから、カプサイシンは調味効果のみならず生体防御効果をも示すと予想している。予期せぬ機能を示唆してくれるこの技術への国際的関心は甚だ強い。<br> 2年前に、ヒトゲノム計画が完了し、私たちの3万3千種類の遺伝子の全貌が解明された。その結果、個人差(遺伝子構造のわずかな違いで生じる個体差)の実態が判明し始めた(11)。そうなると、近い将来、体型に合わせて仕立てる洋服のような食品 “tailor-made food”を生活習慣病の個人差に配慮してデザインすることが可能となろう。当然、調理 ・調味の条件もその個人差に対応して調整することが必要になろう。<br>  “食と健康”のサイエンスは従来の“average”の視点から“individual”の視点へと変革されようとしている(12)。“個”を考慮した新しい食品科学、そして新しい調理科学の発展に大きな期待が寄せられる所以である。<br> 参考文献<br> 1) B. A. Bowman and R. M. Russell: “Present Knowledge in Nutrition”, 8th ed., ILSI Press, Washington DC. p. 740 (2001).<br> 2) U. Suzuki, U. Shimamura, and S. Okada: Oryzanin — ein Bestandteil der Reiskleie und seine physiologische Bedeutung, Biochem. Z. 43, 89-153 (1912).<br> 3) 櫻井芳人:「日本の食糧」、真珠社 (1966).<br> 4) 荒井綜一監修:「機能性食品の研究」(文部省科研費補助金重点領域研究320成果報告集)学会出版センター (1995).<br> 5) D. Swinbanks and J. O’Brien: Japan explores the boundary between food and medicine, Nature 364, 180 (1993).<br> 6) S. Arai et al.: A mainstay of functional food science in Japan — history, present status, and future outlook, Biosci. Biotechnol. Biochem. 65, 1-21 (2001).<br> 引用文献7)~12)はスペースの都合上省略、詳細は日本調理科学会のホームページでご覧ください。

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680668172160
  • NII論文ID
    130007013610
  • DOI
    10.11402/ajscs.15.0.129.0
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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