地球温暖化による南米パタゴニアにおける氷河の融解とその影響をめぐる最近の話題
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- 青木 賢人
- 金沢大学 地域創造学類環境共生コース
書誌事項
- タイトル別名
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- Recent Topics on Effects of Glacier Melting by the Global Warming in the Patagonia Ice Field, South America
説明
<BR>1.パタゴニアにおける氷河後退の実態<BR> パタゴニア地域では,1980年代以降,数次にわたり日本隊がGlacial Research Project in Patagonia (GRPP)として氷河の調査とデータの蓄積を行っている.中でも,筑波大学の安仁屋は,人工衛星写真,航空写真を用いた近年の氷河変動の定量的な調査を継続的に行っている.これによると,南北のパタゴニア氷原にあるおよそ80の溢流氷河のうち,南氷原の2つ(Pio-XI氷河,Perito-Moreno氷河)を除いて,1945年以降,末端部は後退傾向にあり,20世紀後半を通じて面積では264km2が失われ,体積では507~1,143km3の氷が融解したと見積もられている.また,氷河の後退速度は,いくつかの氷河(San Quintin氷河,Upsala氷河など)で1980年代以降,後退速度が加速傾向にあることも指摘されている.<BR> パタゴニアの氷河は温暖氷河であり,演者らのExploradores氷河における観測(青木ほか,2006)でも,氷河末端では冬期でも氷の融解と底面滑りによる流動が観測されている.このため,どの季節の温度上昇に対しても消耗量が増加することになる.また,San Quintin氷河をはじめ,いくつかの氷河の末端部は氷河前縁湖に対してカービングを起こしている.こうした氷河では温暖化によって融解が加速すると湖水位が上昇し,カービングが促進され,全体の消耗量がさらに増加するという負のフィードバックが働く可能性がある.いずれの点も,パタゴニアの氷河が地球温暖化に対して脆弱な性格を持っていることを意味している. <BR> <BR> 2.全球的な影響=海面上昇への寄与<BR> 氷河の融解による全球的な影響で最も顕著なものは融氷水の供給による海面の上昇である.Rignot et al.(2003)によるSRTMを用いた見積もりでは,パタゴニアの氷河の縮小による海面上昇への寄与は1968/1975年から2000年の期間では0.042±0.002 mm/年,1995年から2000年の期間では0.105±0.0011 mm/年と加速しており,単位面積当たりの海面上昇に対する寄与はアラスカの氷河のそれよりも大きいことが指摘されている.全球の氷河面積は約1億6千万km2で,パタゴニアは約0.1%を占めるに過ぎないが,IPCC-AR4SPMに示された1993年以降の海面上昇速度である3.1[2.4~3.8]mm/年のおよそ3.4%を占めている.この点からも,地球環境の理解のためにパタゴニアの氷河動態を把握する必要性が理解できよう.<BR> <BR> 3,地域的な影響=水資源問題と氷河湖決壊洪水<BR> 一方,局所的な影響としては,水資源の問題と氷河湖決壊洪水(Glacial Lake Outburst Flood: GLOF)による洪水災害を挙げることができる.<BR> 氷河は天然のダムとして安定した河川流量を維持する役割を果たしている.パタゴニア氷原の東側,いわゆるパタゴニア平原はアンデス山脈の風背側に当たる半乾燥地域であり,水資源はアンデス山脈を源流とする河川に依存している.こうした流域では,長期的にみると水供給や農耕にたいする不安がある.氷河の規模がより小さいペルーやエクアドルなどでより深刻で,氷河によっては今後25年程度で消失する可能性が指摘されている.適応策としてはダム建設や灌漑用水の設置が考えられるが,これらは環境負荷も大きい.北パタゴニア氷原を源流とするBaker川では発電を目的とした大規模なダム開発が計画され,環境負荷が大きいとして反対運動も起きている.長期的に水供給に不安が起こるようだと,こうした水資源開発も避けがたくなる可能性がある.<BR> 氷河湖決壊洪水は,ヒマラヤ山脈などでは注目を集めているが,パタゴニアでもいくつかの事例が確認されている.安仁屋は1980年代後半にSoler氷河で発生したGLOFを報告し,1億7千万km3以上の流出が起こり,氷河湖から25km下流の民家の軒下まで水が達したことを記録している.また,2007年には南氷原のBernardo氷河で末端の湖が消失したことが世界的の報道された.これもGLOFが原因であると考えられており,今後の温暖化による氷河の融解の加速によって,GLOFは増加すると考えられている.適応策として,危険性のある氷河前縁湖のリストアップと排水工事を進めるとともに,警報システムの設置や下流側の住居の移動などを進める必要がある.<BR> パタゴニア地域は人口密度が低いこともあり,現在,危機に直面しているという状況ではない.しかし,今後の温暖化の進展と氷河の融解の加速によって,様々なスケールで問題が生じ得る.この地域の住民の地球温暖化に対する関与が極めて小さいことを考えると,地域的な影響に対する適応策に先進国が果たすべき役割は大きいと考える.
収録刊行物
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- 日本地理学会発表要旨集
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日本地理学会発表要旨集 2008s (0), 239-239, 2008
公益社団法人 日本地理学会
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390282680668304000
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- NII論文ID
- 130007013698
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
- CiNii Articles
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可