エスニック=社会問題研究の課題と地理学

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タイトル別名
  • Geographical Research on Ethnicity and Social Issues
  • Hage's Analysis on 'White Nation' Fantasy in Australia
  • オーストラリアにおける「ホワイト・ネイション」幻想についてのハージの研究を手がかりに

抄録

<BR>1.はじめに<BR> 国際的人口移動が拡大する現在,エスニシティに関わる社会問題として,移民コミュニティと受け入れ社会との関係が注目されている。とりわけ,国家内部の民族的主流集団の一員であると自認する人々が特定の移民(およびその子孫)を「エスニック」とみなして排斥する行為は,1960年代の高度経済成長期に労働力補充の目的で大規模な移民受け入れを図った国々に共通して起きている現象であり,社会的にも学術的にも大きな関心が寄せられてきた。本研究の目的は,このような現象について地理学的にどのようなアプローチができるかを探ることである。<BR><BR>2.地理学における移民排斥の研究<BR> これまで移民排斥に関する地理学研究の多くは,排除が空間的にどのような形で表象されるかに焦点を当てていた。その結果,移民の特定地区への集中度合いを数値で測るセグリゲーション研究の蓄積が進み,集住がもたらす移民のエスニック・アイデンティティへの影響や集住地区で生活する移民の「主流」社会との関係についての調査も行われた。こうした研究の進展に比べ,移民(およびその子孫)を「エスニック」として客体化し排除していく側の意識および排除の過程の探求は十分に行われてきたとはいえない。この点において,精神分析人類学者ガッサン・ハージが,オーストラリアにおける「ホワイト・ネイション」幻想をテーマとする研究で示唆に富む考察を行っている(Hage 1998)。本発表ではハージの研究を援用しながら,地理学におけるエスニック=社会問題研究の深化にどのように寄与できるか議論する。<BR><BR>3.オーストラリアにおける近年の移民排斥の動き<BR> ハージの研究を紹介する前に,近年のオーストラリアにおける移民排斥の動向を概観しておきたい。第二次世界大戦後,オーストラリア政府は非アングロ・ケルト系移民の受け入れに踏み切り,1970年代半ばに国民統合の基本理念を白豪主義から多文化主義に切り替えた。これ以降,多文化主義政策を実施してきたが,1980年代終わりごろからオーストラリア政府は国民統合における英語の重要性およびオーストラリア的価値の共有を強調し,多文化主義を後方に退けるようになった。<BR> 1990年代半ばに入ると,一般の人々やメディアが特定の移民に対する反感や敵意をより露骨に示わすようになる。こうした反感は1990年代終わり頃からはアラブ系ムスリムの集団に向けられ、とりわけシドニー南西部郊外のレバノン系の若者に対する敵意が高まった。2005年12月にはシドニー・クロヌラビーチでレバノン系の若者を標的に約5000人のアングロ・ケルト系の若者が暴動を起こしている。<BR><BR>4.ハージによる「ホワイト・ネイション」幻想の研究<BR> ハージ(Hage 1998)は,多文化主義の後退や反移民の政治的動きが活発化した1990年代半ばのオーストラリア社会における主流派を自認する人々の心理に焦点を当て,彼ら彼女らが共有する信念を「ホワイト・ネイション」幻想とよんだ。その内容は,「白人」である自分たちこそがナショナルな空間(それは,想像されたものであるが)の支配者・統治者であり,特定のグループを「エスニック」として客体化し,その位置を決定する特権を持っているという信念である。このような信念は,ヨーロッパの植民地形成の中で構築され,文化権力を付与された白人アイデンティティに根ざしている。<BR> しかし,同じ「ホワイト・ネイション」幻想を抱く人々の間においても「エスニック」に対する行動様式は必ずしも一様ではない。自らがナショナルな空間の管理の特権を手にしているという確信を持つ人々は,ナショナルな空間の統治者としての正当性を確認する行為あるいはそうした権利を守るための行動(移民の排斥など)に出ることはない。一方,管理者の地位にあるはずの自分の特権が脅かされていると感じる人々は,「エスニック」の存在に不満を感じ,排除に向かうのである。<BR><BR>5.おわりに<BR> 本研究で注目したいのは,移民排除の基底にある「ナショナルな空間」の想定であり,その中で主流派集団の一員を自認する人々が自らの統治的帰属を確認し移民をエスニックとして客体化していく過程である。移民排斥に走る人々の意識を「ナショナルな空間」の概念からひもとく方法を探ることで,地理学におけるエスニック=社会問題研究の可能性はさらに広がるのではないか。<BR> 発表においては,「ナショナルな空間」の概念が地理学におけるエスニック=社会問題研究にどのように適用できるかについてより深く検討したい。<BR><BR>文献<BR>Hage, G.. 1998. White Nation: Fantasies of White Supremacy in a Multicultural Society. Annandale: Plute Press Australia. ハージ,G. 著,保苅実・塩原良和訳 2003.『ホワイト・ネイション:ネオ・ナショナリズム批判』平凡社

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680668677248
  • NII論文ID
    130007014203
  • DOI
    10.14866/ajg.2007s.0.230.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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