完新世を示す針ノ木岳北面の沖積錐堆積物の14C年代

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  • Holocene alluvial cone deposits in the Kagokawa River basin, northern Mount Harinoki-dake, Hida Range, Japan

抄録

◆はじめに 飛彈山脈針ノ木岳(2821m)北面の篭川流域では,稜線直下に圏谷群が,谷底周辺に堆石堤や融氷水流段丘が発達するとされる1).しかし地形・地質の数値年代は得られておらず,地形発達は地形の分布高度や開析度を他地域のそれと比較して議論されてきた.この状況をふまえ,本研究では篭川流域で調査を行い,地層の14C年代を測定した.この結果,更新世後期の融氷水流成または河成と考えられてきた地形面の構成層は完新世初期であることが判明した. ◆地域・方法 篭川中流の大沢小屋から扇沢の一帯を踏査して露頭記載と試料採取を行った(図1).この付近には鮮新世火山岩類(流紋岩溶結凝灰岩,安山岩溶岩,流紋岩溶岩,砂岩・礫岩)と,これらを貫く鮮新世花崗斑岩及び花崗岩が露出する2).現在,森林限界は標高2400 m付近にある. ◆地質記載 年代試料を得た篭川左岸の露頭(N)を記載する.Nの周囲では,鳴沢をはじめ岩小屋沢,赤沢及びそれらに挟まれた無名沢が合流し,沖積錐状や段丘面状を呈する地形が生じている.Nは篭川左岸の段丘崖にあり,露頭の上縁は段丘崖の縁にほぼ一致する(図2).露頭全面に火山岩類・花崗岩類の亜角礫と,それらを支持するシルト~粗砂サイズの基質からなる淘汰の悪い砂礫層が露出する.砂礫層には弱い層理や覆瓦構造を認める.また砂礫層中の地表下約5 mには層厚約1.8 mの砂層(上部砂層)が,地表下約7 mには層厚約2.0 mの別の砂層(下部砂層)が挟まれる.上部・下部砂層とも,にぶい褐色~褐色を呈する.砂層中にはパッチ~レンズ状のシルトや砂の塊(長径≦数cm)も認められ,一部は暗褐色を呈する. ◆年代値 上部・下部砂層中の暗褐色シルト層を2 cm(層厚方向)未満で採取し,供試した.上部砂層(N-U)は7868~7898・7925~8021 ca lBP,下部砂層(N-L)は9476~9599 ca lBPを示した.暦年はδ13C補正済み14C年代をCALIB5.0.1とIntcal043)4)で較正して得た.誤差は2σである. ◆考 察 従来,Nの北側を含む鳴沢両岸の地形面は,本流域で2番目に古い氷河前進期である針ノ木II期の融氷水流段丘面または河成段丘面に分類された1).演者らの空中写真判読と現地観察によっても,Nの北に広がる針ノ木II期相当の地形面はN直上まで一連であり,Nで観察された砂礫層が針ノ木II面の構成層であるのは明らかである.針ノ木II期の数値年代は不確定ながら,同期は槍・穂高連峰の槍平期(涸沢期I)に対比可能とされる1).最近の知見では槍平期はMIS3相当である5).一方,今回得た年代値は完新世初期を示し,従来の見解と相容れない.年代値の信頼性を検証する資試料はないが,本研究では少量の試料をAMS法で測定し,測定誤差も±40年以内と小さく,年代値に層位逆転はない.年代値には受容困難な理由はなく,議論に使えると判断される. 針ノ木II期相当の地形面構成層が完新世初期に堆積したとすると,氷河の存在を基礎に置く従来の地形発達観は修正を要する.当時の篭川流域に氷河はなかったと考えられるからである.東北地方以南の多雪山地における更新世末期以降の環境変動を総覧すると6),上部・下部砂層が堆積した9.5~7.9 cal kaには飛彈山脈北部の標高2000~2700 m前後でも腐植土層が生成し始めていたとみられる.当時の景観には不明な点がまだあるが,これらの標高帯でも草本・低木やササがある程度広がっていたに相違ない.こうした斜面に氷河が共存した可能性は低い. Nに露出する砂礫層の基底は未確認で,既往研究では全層厚は20 m以上と推定されている.一方,篭川や鳴沢の現河床で基盤岩は確認されていない.これらの点から次の推論が導かれる:_丸1_砂礫層の堆積開始時の篭川・鳴沢の河床は現在より低位にあった._丸2_その後,堆積傾向が続き上部・下部砂層を含む砂礫層を形成した._丸3_堆積傾向は上部砂層の形成後も続いたが,後に下刻に転じた.なお上部・下部砂層に対比可能な細粒層はN以外では未発見だが,広範囲に存在することはなさそうである.これをふまえ,なおかつ篭川・鳴沢を堆積に転じさせるような環境変化を想定すると,Nの下流で篭川に合流する無名沢Aや岩小屋沢からの大量の土砂流出と河道閉塞(河床勾配の減少)が挙げられる.土砂流出の原因には解氷後の斜面変動(paraglacial slope change)や古地震が考えられる.大量の土砂流出は下流の扇沢でも生じており7),関連が注目される. 1)伊藤・正木1987(東北地理),2)原山他2000(地調5万地質図),3)Stuiver, M.他2005(ワシントン大web),4)Reimer, P.J.他2004(Radiocarbon),5)長谷川2006(日本の地形中部),6)苅谷2010(第四紀学会電子本),7)町田1979(松本砂防) ◎調査の一部は旧地質調査所地域地質調査に関連.科研費2151004・平成21年度専修大学研究助成(日本アルプスにおける地すべり地形の第四紀学的研究)を使用.

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680669065856
  • NII論文ID
    130007014766
  • DOI
    10.14866/ajg.2010s.0.119.0
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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