世界遺産を目指す富士山の現状と問題点

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  • The Present Situation and the Problem of Mt. Fuji for World Heritage

抄録

<BR>1.世界と日本の世界遺産<BR> 世界遺産は,1972年の第17回ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)総会で採択された「世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約」(以後,世界遺産条約)に基づいて,「世界遺産リスト」に記載(登録)された自然や文化のことである。世界遺産は,自然遺産,文化遺産,複合遺産の3種類に分類される。<BR> 日本は1992年の世界遺産条約批准以降,着実に登録数を増やし,2006年7月1日現在13件(自然遺産3件,文化遺産10件)が登録されている。今後5から10年以内の登録を目指す暫定リストには,「古都鎌倉の寺院・神社ほか」,「彦根城」,「平泉の文化遺産」,「石見銀山遺跡」の4件が記載されている。いずれも文化遺産候補ではあるが,近年では「小笠原諸島」が自然遺産として暫定リストへの登録が期待されている。<BR><BR>2.世界遺産になれなかった富士山<BR> 富士山を世界遺産にしようとする動きは,日本において世界遺産への関心が高まり始めた1992年から始まった。美しい富士山を世界の宝にしようとする動きは,多くの賛同を得て署名活動や国会請願まで行われた。しかし富士山はユネスコに推薦するための国内選考であっさりと却下されてしまった。富士山のように美しい成層火山は世界中にたくさんあり,その固有性が認められないというのが大きな理由であった。<BR> 世界遺産に登録されるためにはいくつかの登録基準が存在しているが,当時の日本人にはその知識が欠落していた,もしくはその認識に大きな隔たりがあったといえる。どんなに美しい対象物であっても,その固有性が認められなければ世界遺産とは認められない。したがって富士山はどんなに活動をしたとしても世界自然遺産にはなり得ないといえる。<BR><BR>3.世界文化遺産へ登録目標を転換<BR> 世界自然遺産になれず,暫定リストにも記載されていない富士山だが,近年では世界文化遺産での登録を視野に入れた動きがみられる。富士山自体は自然の山であるのに対して「文化遺産」の登録を目指すことに違和感を覚えるかもしれないが,これには登録基準に関する理由がある。<BR> 1992年に文化遺産の一概念の中に「文化的景観」が加えられた。このうち「iii) 自然要素によって,宗教的,芸術的,文化的に強力な関係を持つこと」が富士山にも適合するのではないかという理由から「富士山を世界文化遺産に」という動きは具体性を持つようになった。実際に登録された例としては「トンガリロ国立公園」(ニュージーランド,1993年再登録)や「ウルル/カタ・ジュタ国立公園」(オーストラリア,1994年再登録),「ピレネー山脈/ペルデュ山」(フランス・スペイン,1999年再登録)などが挙げられる。特に第一号として登録された「トンガリロ国立公園」はマオリ族の聖地として知られ,山々が人々と自然とを結びつける宗教的に重要な山として認められた例である。最近の例としては「紀伊山地の霊場と参詣道」(日本,2004年登録)があり,古くから信仰があった富士山においても世界遺産登録の可能性が問われるようになった。<BR><BR>4.富士山をとりまく問題点<BR> 世界自然遺産から世界文化遺産へという発想の転換は,富士山をより一層世界遺産登録へ向けて前進させたようにみえるが,実際のところは難しい現状がある。それには,1)富士山の持つ二面性(聖地としての富士山/観光地としての富士山),2)山頂の所有権問題,3)周辺の土地利用状況などが挙げられる。<BR> 富士山は古来より信仰の対象として崇められてきたが,それと同時に年間およそ20万人が訪れる観光地であり,裾野や周辺地域を含めた富士山観光は広く一般化している。この二面性が富士山を(場合によっては規制をともなう)保全もしくは開発を容易に行わせない一要因ともなっている。また山頂付近は聖地であり,浅間神社の私有地であるが,実際は境界線が不明確なため登記できずにいる。このことは自由な開発もしくは規制が容易ではないことを示している。さらに富士山周辺は住宅地,農耕地,自衛隊や米軍の演習場などに使用されており,バッファーゾーンを必要とする世界遺産の登録に際して地域を選定しづらい状況にある。<BR> 世界遺産は対象物自体の価値だけでなく,それを取り巻く地域や保全体制の状態といった「環境」までもが評価対象となるため,これらの問題をどう克服していくかが,富士山が世界遺産を目指す際の今後の課題であるといえる。

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680669615744
  • NII論文ID
    130007015494
  • DOI
    10.14866/ajg.2006f.0.46.0
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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