防災工事が破壊する上高地での活動
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- 岩田 修二
- 立教大学・観光学部,上高地自然史研究会
書誌事項
- タイトル別名
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- Activities in Kamikochi where disaster measures are destroying nature
説明
1.森林管理署の変身 2009年11月21日に信州大学山岳科学総合研究所(以下山岳研究所)が開催した第11回上高地談話会で,中信森林管理署の署長,下平 敦氏が「上高地における治山のこれから -自然環境と調和した治山事業を考える-」という講演をおこなった.そのなかで下平署長は,これまでの,森林管理署の治山工事(防災対策)に問題があったことを認め,これからは自然のメカニズムに配慮した防災対策工事をおこなう,そのためには,登山道の付け替えや,場合によっては谷止め(治山堰堤)や堤防・護岸の撤去も行うと発言した. これは,上高地の自然を守る努力をしてきた,各方面の,これまでの活動が功を奏したといえよう.そこで,そのような森林管理署の変化をもたらした経緯や要因について考える. 2.上高地での防災工事の問題点 長野県松本市上高地地区は,中部山岳国立公園の特別保護地区なので厳しい景観保護や自然保護が行われている.しかし,いっぽうでは,利用者や施設を災害から守るために,防災対策工事がおこなわれており,それによって自然が改変・破壊されている.河童橋から上流で行われている防災対策は,梓川本流の要所の建設された堤防や護岸(国交省・森林管理署・長野県などが管轄),本流河床の帯工群(床固工)(国交省),支谷の谷止め(森林管理署)などである. これらの防災工事は次のような自然破壊をもたらしつつある._丸1_ 本流沿いの堤防・護岸は,河畔林に対する河川の攪乱をなくし,先駆植生である河畔林を消滅させる._丸2_ 支谷の谷止めは,自然のままでは沖積錐上に拡散し停止する土石流を収束させ,本流への土砂供給の加速,登山道の破壊などをもたらす. 3.森林管理署の役割の重要性 上高地地区は全域が国有林である.したがって,国有財産としての森林を管理する森林管理署がもっとも大きな権限をもっている.国立公園の管理者である環境省も,梓川本流の管理者である国土交通省も,森林管理署との協議(あるいは了解)を経ないで現状変更をおこなうことはできない.上高地では,森林管理署が,いわゆる地主としての,実質的な管理権を持っているといえよう. 4.上高地自然史研究会の役割 上高地自然史研究会(以下 研究会)は,1991年に発足した上高地の自然や土地の成り立ちを研究するグループである.1999年には上記2項 _丸1_ _丸2_ を指摘し,パンフレットで広報した.毎年,報告会を実施し,隔年で成果報告書も発行し,関係機関にも配布してきた.地元松本でも報告会を開催し,現地でも見学会や討論会を実施し,研究成果(自然保護のための提案)を普及することにつとめてきた.山岳研究所の活動がさかんになった2006年以後は,その活動にも積極的に参加し,研究成果を発表してきた.しかしながら,研究会の成果(提案)が関係機関(役所)に理解されたとはいえない.無視されてきたといえよう. 5.森林管理署が変化したきっかけや要因 松本市の中信森林管理署の上高地森林事務所に,高山から宗亭正治氏が森林官として赴任してきた.宗亭氏は現場をよく歩き自然史研究会の提案に耳を傾けてくれた.放置されていた上高地養魚場を山岳研究所の研究施設として利用できるように尽力してくれた.これによって山岳研究所が上高地の研究に本腰を入れはじめた.そこに中信森林管理署長として学究肌の下平氏が着任した.下平署長は,研究会の提案に耳を傾け,詳しい提案を研究会から聴取する機会を設けたりした.上高地の管理の将来計画の検討を山岳研究所に委託し,そのために研究会が依頼されて現地説明会を行った.このようなことが行われたのは,森林官宗亭氏の働きがもっとも重要であった.また山岳研究所所長鈴木啓助教授の理解と努力があり,研究会の事務局山本信雄氏(当時は安曇村資料館)の人脈と橋渡しが大きく貢献した. 6.結論:必要なこと 上のような経緯は,広い意味での防災教育といえよう.うまくいった要因は, i) 問題の所在,提言の存在を気づかせる広報や活動, ii) 行政などを納得させるすぐれた研究成果, iii) 協力体制をつくれる相互の信頼感, iv) きっかけをつくり,働きかけ,橋渡しとなる人びとの存在.
収録刊行物
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- 日本地理学会発表要旨集
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日本地理学会発表要旨集 2011s (0), 254-254, 2011
公益社団法人 日本地理学会
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390282680671496832
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- NII論文ID
- 130007017519
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
- CiNii Articles
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可