転換期中国における郊外住宅地の形成と住民のライフヒストリー

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タイトル別名
  • The Formation of Suburban Residential Area in Chinese Cities under the Economic Transition:
  • ―北京市の事例―
  • A Case Study of Beijing

抄録

1949年中華人民共和国の成立後,国が社会構成員を統合管理し,個人にまで生活物資・福祉サービス等を分配するために,国営企業や,学校,病院などのサービス機関を中心とする「単位」というシステムが確立された.「単位」によって,オフィスや工場等の職場と従業員の家族が居住する住宅の双方が,空間的に一体のものとして建設・管理されていたため,当時の中国都市では,「職住近接」が基本であり,長距離通勤はほとんどなく,明確な「郊外住宅地」は存在していなかった.改革開放以降,特に1980年代末に新しい土地管理法が施行された以降には,土地利用が市場原理にしたがって置換えられるという事態が生じ,多くの都市の中心部において,中小工場群の移転や老朽市街地の再開発事業が進められ,同時に,多数の大都市において,,CBDのような単一機能の就業空間が形成された.一方,1990年代後半から,住宅の商品化が推進され,都市外縁部で単一機能的な住宅地が大量に開発された.このプロセスの中で,「単位」が解体され,「職住分離」が進行し始め,中国都市における「郊外」が成立した.本発表では,このような制度・政策の変革の下で形成された新しい都市空間,つまり「郊外住宅地」の形成過程に注目したい.<br><br>中国都市における郊外住宅地の主な形態は,大規模住宅団地であると認識されているため,対象地域としては,北京市の北部郊外(都市中心部から概ね20km)に位置する「回龍観」大規模住宅団地を選定している.1998年に「単位」の福祉住宅分配が停止される以前に,開発された住宅は,主として「単位」住宅と「回遷房」と呼ばれる立ち退き保障住宅であった.この時期に「回遷房」に入居した住民のほとんどは都市再開発による都市中心部及び周囲地区の立ち退き住民である.1998年に福祉住宅分配が停止された後,都市在住の中・低収入世帯の住居を保障するために,開発しやすい広大な農村地域を有する「回龍観」地区は北京市最初の経済適用住宅プロジェクトの1つとして建設され始めた.そのほかに,住宅の大規模開発が大量の農地や農村集落の土地を占用したため,元農村住民の立ち退き「農民回遷房小区」も建設された.2002年に地下鉄13号線が開通し,商品住宅の開発がしだいに主要な開発形態となっていった.2010年時点では,「回龍観」住宅団地内に,27の経済適用住宅「小区」,44の集合商品住宅「小区」,3つの一戸建商品住宅「小区」,そして7つの「農民回遷移房小区」が建設されており,総建築面積は1,220ha,常住人口は30.6万人に達している.<br><br>本研究では,「回龍観」大規模住宅団地を事例として,各々の政策的背景に対応する形で「回遷房」,「農民回遷房」,「経済適用住宅」,「集合商品住宅」,そして「一戸建商品住宅」小区を対象地域として選定し,その住民の居住歴を中心としたライフヒストリーをミクロに考察することによって,中国都市における「郊外」の形成・成長と郊外定住の意味に対する具体的な考察を試みる.<br><br>住宅地種類別でその住民のライフヒストリーを考察することを通じて,中国都市の「郊外」の形成と成長に関するいくつかの知見が得られた.まず,①建造空間は2000年代前半の保障性住宅地から,保障性住宅地,集合商品住宅地,一戸建住宅地が混在した多様性を持った大規模住宅団地へと順次,変化した.②それに対応して,地域社会は,社会経済的地位が比較的低い立ち退き住民や中・低収入住民を主とした社会構成から,後から転入した中・高収入層が併存する多様性ある社会構成へと変質した.③各種の施設の完備によって,中・高収入層に人気のないベッドタウンから,居住,買物,余暇,さらに就業機能が一体化した「生活総合体」へと変貌してきた.こうした変化のプロセスは,中国都市の「郊外」,特に1990年代末から成長してきた「郊外」においてかなりの一般性を持つと考えられる.このような変化の中で,中流階層が郊外住民の多くを占めるようになってきており,中国都市の「郊外」は先進国における典型的な「中流クラスの郊外」に近づいてきているのではないかと考えられる.なお,政策的背景と住宅種類および住民の社会的属性との間の対応関係が存在し,それによって発生する「大スケールでの混合,小スケールでの分化」という社会空間構造の特徴が,各事例の分析を通じて確認された.しかも,このような地域分化は固定的ではなく,地域内における社会空間構造は,各種の社会的属性を持つ住民が定住した後で,市場のメカニズムに従ってまた再編されてきている.今や,1970~1985年生まれでホワイトカラーの核家族は中国都市の「郊外」の主流であり,それらの家族は新しい郊外ライフスタイルを創出し,中国都市における「郊外」の新しい実体が生まれつつあるのではないだろうか.

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680672307200
  • NII論文ID
    130005490056
  • DOI
    10.14866/ajg.2015s.0_100346
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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