バイオテクノロジー保有組織の知的財産権と花き新品種の市場流通

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タイトル別名
  • Intellectual Property Rights of the Biotechnological Organization and Market Distribution of New Flower Varieties

抄録

  植物の新品種の開発は,知的財産権(育成者権)の取得を通じて,国内や海外でグローバルな農産物市場競争を優位に進める戦略基盤になる可能性がある。バイオテクノロジー保有組織による新品種の育成者権の取得行動と新品種の市場流通の動向は,今後,日本農業の成長・発展の方向性を見定める上で重要になる。農産物の中でも花き類はとくに品目・品種数が多く,知的財産権としての育成者権が注目されてきた。本研究では,バイオテクノロジー保有組織の植物知的財産権(新品種の育成者権)の取得状況と事業展開の実態を捉え,植物知的財産権の取得による花き新品種の市場流通と産地への影響の一側面について明らかにする。<br>  種苗会社A社は,大正期に創業し,1970年代後半に花きの品種登録を行い,同時期に米国で関連会社を設立した。2010年代に売上高が500億円を超え,経常利益は30億円を超えた。同社は従業員600名を超える国内最大手の種苗会社である。主な事業は,種子・苗木・球根・園芸用品の生産と販売,育種・研究・委託採取技術指導,造園緑化工事,温室工事,農業施設工事の設計・監理・請負,書籍の出版・販売等であり,園芸関連事業を多角的にかつグローバルに展開している。<br>  食品会社B社は,大手の飲料メーカーであり,1980年代に花き苗の研究開発に着手し,1990年代に品種登録を行った。1992年に花事業部を新設し,2002年に独立し分社化した。2005年には豪州の花き企業と花苗開発会社を設立している。2000年代の売上高は30~40億円台であり,従業員は50名前後である。主な事業は,花苗・花鉢・切花・野菜苗の開発・生産・販売等であり,品種開発を軸にした事業の集中化を図り,世界20ヵ国以上でグローバルに事業を展開している。<br>  公的機関C県では,1970年代以降に水田転作作物として花きの生産が拡大した。1984年に県園芸試験場が当該品目の品種登録を行い,1989年には同品目の出荷量が都道府県別で首位となった。2002年に切花の輸出が開始され,3年後には黒字化を実現した。2008年には欧州で商標登録を行うなど,県,市町村,農業団体,農業者が連携し,さらなるグローバルな事業展開へ向け知的財産権の取得を模索している。<br>  種苗会社A社は,長年品種開発を手掛けてきた先発企業であり,品種開発技術を駆使し育成者権を取得してきた。2013年現在,計504品種の登録実績があり,このうち育成者権消滅品種373品種,育成者権維持品種131品種であり,維持率26.0%である。育成者権の取得に最も注力していたのは1990年代半ばであり,近年,品種登録自体は減少傾向にある。<br>  食品会社B社は,1980年代に花き産業へ新規参入した典型的な後発企業であり,自社のバイオテクノロジーを活かして品種開発を促進し育成者権を取得してきた。2013年現在,計386品種の登録実績があり,このうち育成者権消滅品種165品種,育成者権維持品種221品種であり,維持率57.3%である。この維持率の高さを反映し,近年も品種登録を推進している。<br>  公的機関C県では,特定の品目を中心に品種開発が行われており,当該品目では2013年現在,同県内に所在する組織・個人で計89品種の登録実績がある。このうち育成者権消滅品種39品種,育成者権維持品種50品種であり,維持率56.2%である。育成者権の取得に最も注力していたのは2000年代後半であり,近年,品種登録自体は減少傾向にある。<br>  C県の取組みを例に新品種の市場流通の実態を把握する。C県の主力となる当該品目では,市場取引数量の61.2%を占める上位50品種のうち21品種がC県で登録された品種であり,取引数量の34.9%を占めている。C県に次ぐ出荷量を有するD県で登録された品種は同15品種であるが,市場取引数量の10.2%を占めるに留まっている。また,市場取引数量の38.8%を占める上位10品種に限ってみると,8品種がC県の県,市,農協,NPOによって登録された品種である。1979~2013年における当該品目の品種登録数は,C県では89品種,D県では102品種となっている。しかし,D県の登録者が主に企業や個人であるのに対して,C県では公的機関による登録件数が全体の45%に及んでいる。また,当該品目の切花出荷量の全国シェアでは,C県が69.5%に達する一方で,D県では8.8%に留まっている(2006年)。新品種の育成者権は,取得主体の事業展開によって,産地・農業経営へ与える影響が異なる可能性が示唆された。

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680672445312
  • NII論文ID
    130005279760
  • DOI
    10.14866/ajg.2016a.0_100125
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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