羊毛織物ラリを織り続ける人々

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書誌事項

タイトル別名
  • Who continues weaving of woolen rug (radi)?
  • 東ネパール・オカルドゥンガ郡ルムジャタール村の事例から
  • A case of Rumjatar, Okhaldhunga district of East Nepal.

抄録

東ネパール・オカルドゥンガ郡ルムジャタール村では、ラリと呼ばれる織物がある。この織物は、ヒマラヤ南面山地産の羊毛を糸に紡いで織り、洗って縮めることで、フェルトの布にしたものである(渡辺2009)。その用途は、同村の羊飼いが放牧中の防寒着や寝具として一部自家消費するほか、もっぱら敷物として売り、現金収入源となる。このため、羊飼い以外の世帯でも、羊飼いや仲買人から羊毛を仕入れ、ラリを織る。<br> ラリを織るのは女性の仕事である。同村では、おもにグルンという民族に属する女性が、農作業や家畜の世話、家事や育児のかたわらでラリを織る。村人によれば、かつてグルンのほとんどの世帯でラリ作っていたというが、この10年間でその従事者は減少した。<br> 発表では、ラリを織る人がどれだけ減ったのか、ラリを現在でも織り続ける人々はどのような人々なのかを分析する。特に世帯の経済状況、家族構成、世帯内分業に留意することで、辞めてゆく人が増加するなかで、どんな人がどのように織り続けているのか、その特徴を明らかにする。結果として、次の点が明らかになった。<br> まず、首都カトマンズや海外に移住したり、嫁に行った人はラリを継続していない。特にグルカ兵の妻の多くがカトマンズやイギリスに転出しており、ラリを辞めている。夫や息子が海外に出稼ぎに行ったり、村内で公務員などの職業についた世帯ではまちまちである。ラリを続ける人もいれば、辞めた例もある。<br> 次に農地の経営規模をみると、ラリを継続するのは、中小規模の農家に多い。小作に出す余裕のない小規模農家 がもっとも多いが、小作に出す余裕のある中規模農家以上の農家も含まれる。ただし、近年では、出稼ぎの普及により男性労働力が不足する世帯が多くなり、農地を小作に出し、農作業を辞めても、ラリは続ける世帯もある。<br> 羊飼いを継続する世帯、羊毛や敷物の仲買人の世帯では、ほとんどの世帯でラリを継続しており、これらの世帯が中核となる点では10年前と変わりない。また、村内の立地でみると、羊飼いや仲買人の多い地区ではラリを継続する世帯も多く、仕入れや販売網に近接することが重要となる。<br> ラリを継続する世帯でも、年間に織る枚数もまちまちである。この点で、ラリを織る作業にどれだけ集中できるかが重要である。ラリ作りの過程で最も時間がかかるのが糸を作る工程である。娘が糸紡ぎを手伝う人は織る作業に集中できる。また、糸紡ぎの労働交換ができなくなった世帯では、労働者を雇い、糸紡ぎをする例もみるようになった。さらに、羊毛の買い付けやラリの販売、糸玉作りなど、織り以外の工程を手伝う男性がいる世帯では、ラリを続けることが多く、家族のサポートもラリを継続する上で大きな力となる。<br> 以上の点から、ラリを継続する上で、経済的な貧富の差よりも、ラリの生産ネットワークに近接することが、今日では重要であるといえる。出稼ぎの普及により、現金収入源が多様化した一方で、労働力不足から、生業間のバランスをどう調停するかが問題となった。そんななか、近くに原料の仕入れや販売網がある人や家族のサポートのある人が、他の仕事の比重を落としてでも、ラリを織り続けている。<br>文献<br>渡辺和之2009『羊飼いの民族誌』明石書店

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680673403648
  • NII論文ID
    130005457045
  • DOI
    10.14866/ajg.2012s.0_100141
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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