エチレン及びジャスモン酸がヒノキ師部の傷害リグニンに与える影響

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タイトル別名
  • Effect of ethylene and jasmonic acid on wound-induced lignin in phloem of Chamaecyparis obtusa

抄録

エチレンおよびジャスモン酸は防御反応を誘導あるいは調節するシグナル伝達物質であり、植物の誘導抵抗性や全身獲得防御に関与する。これらの物質はPRタンパク質やフェノール、テルペンなど防御物質の生成を促進するほか、傷害樹脂道形成などの形態的変化を誘導することが知られている。これまでの研究から、リグニンの合成に関しては、phenylalanin ammonia lyase等の一部の酵素についてエチレンやジャスモン酸が影響を与えることが分かっているが、実際に合成されるリグニン量に対して影響するかは明らかにされていない。本研究では、ヒノキ師部に傷を付けたときに合成されるリグニンに対し、エチレンおよびジャスモン酸がどのように影響するかを明らかにすることを目的とした。また、リグニンの前駆物質であるフェニルプロパノイドを抽出し、エチレンおよびジャスモン酸がリグニン合成系のどの反応を制御するかを考察した。実験は2002年9月、東京大学田無試験地で22年生ヒノキ5本を用いて行った。樹幹に形成層に達する傷を1個体につき7カ所付け、下記の試薬を含ませた脱脂綿を24時間傷口に接触させた。傷口に処理した試薬は__丸1__500ppmエスレル、__丸2__50ppmエスレル、__丸3__1mM CoCl2、__丸4__500ppmエスレル+1mM CoCl2、__丸5__2mM ジャスモン酸メチル(JaMe)、__丸6__0.5mM JaMe、__丸7__蒸留水である。傷付けから2週間後、傷の周囲の樹皮を採取した。傷口周辺の師部組織をいくつかの部位に分け、それぞれを80%メタノールで抽出して、可溶性フェニルプロパノイドを分析した。次いで、1N NaOHで残査を抽出し、エステル化フェニルプロパノイドを分析した。そして最終的に残った残査を、アセチルブロミド法を用いてリグニンの定量を行った。解剖観察は20 μm厚の生切片を作製し、フロログルシン__-__塩酸法によりリグニンを染色した。傷害リグニンの蓄積は、解剖観察により、傷害周皮のコルク組織外層と傷害周皮の外側にできるligno- suberized impervious tissue (SIT)で認められた。いずれの処理においてもリグニンの染色性や染色される範囲に差異はなかった。SITおよびコルク組織を含めた壊死部における細胞壁中のリグニンの割合は、500ppmエスレル処理および2mM JaMe処理によってのみ有意に増加した。一方、エチレン生成を阻害したCoCl2処理では、リグニン量は対照と変わらず、また、解剖観察においても対照と同様の蓄積が認められた。リグニンの前駆物質であるフェニルプロパノイドは、メタノール抽出物中には検出されなかったが、アルカリ抽出物中にはフェルラ酸のみが検出された。エステル化フェルラ酸は、健全師部に比べて、壊死部において著しく増加していた。しかし、各部位において処理間で有意な差は認められなかった。本実験では、傷に反応して生成される内生エチレンや内生ジャスモン酸に加えて、さらにエチレンやジャスモン酸を処理することによって、傷害リグニンの合成が促進されることが明らかとなった。一方、CoCl2処理では、内生エチレンを阻害したにもかかわらず、リグニン合成は抑制されなかった。このことはエチレンがリグニン合成にとって必ずしも必要不可欠ではないことを示唆している。また、処理によってリグニンが蓄積する位置が変わらないことは、リグニン合成の誘導因子として別の物質が存在することを示している。以上のことからエチレンおよびジャスモン酸によるリグニン合成の調節機構を考察すると、傷によって発生した何らかの物質がリグニン合成を誘導し、それに対してエチレンやジャスモン酸が付加的にリグニン合成を調節すると考えられる。エステル化フェルラ酸は傷害リグニンが増加している部位において著しく増加し、リグニン蓄積の経時変化と同様の変化を示す。したがって、エステル化フェルラ酸はリグニン合成に対して強く関与していると考えられる。しかしながら、リグニン量はエチレンとジャスモン酸によって増加したにもかかわらず、エステル化フェルラ酸は変化しなかった。このことから、エチレンとジャスモン酸はフェルラ酸以降の生合成を促進している可能性が推察された。

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680679823872
  • NII論文ID
    130007019709
  • DOI
    10.11519/jfs.114.0.234.0
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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