森林文化研究の課題

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  • 岩松 文代
    京都大学大学院 農学研究科 森林科学専攻 森林・人間関係学研究室

書誌事項

タイトル別名
  • Discussion on forest culture researches

抄録

本研究では、森林文化の概念形成と研究内容をもとに森林文化研究の課題を検討する。森林文化に関する著書や論説は林学以外の分野にも数多いが、ここではとくに文化、文明について論じられたものを中心とする。 森林文化の概念は、筒井迪夫氏によって1976年に提唱され(筒井2000)、森林文化は「森林(自然)を文化の中心にすえた文化領域」と定義された。筒井氏は、他の文化学と同様に「芸術、宗教、経済、社会等における制度、慣習、技術など」を研究する「文化森林学」(「森林の持つ文化的な性格と機能に関する研究領域」)を発想し、森林が影響する人間社会のあり方に着目している。一方で、北村昌美氏は「森林は文化的存在」とし、森林文化とは「文化的な背景のもとに創り出される森林と森林景観、それらをめぐる国民生活」(北村1980)とみている。菅原聰氏も同様に、森林「つねに姿を変えている」「文化的創造物」(菅原1984)であるとし、森林は自然ではなく人為の影響によって成立していることを強調する。以上のような森林文化概念を生んだ背景は、林政が「収益重視の産業政策」であることを問題として、森林文化論にあるべき林政学を展望した(筒井1995)ことや、ドイツ林学の導入による近代化が軽視した日本の文化を見直す意図を持って(北村1980)、森林文化の視点の必要性が認識されたことが大きい。したがって、森林文化の文化概念には、高度に応用された芸術文化のみではなく、森林を相互作用する人々の日常の営為や思考の全体が含まれており、この広い枠組み設定が森林文化論の礎になっている。 森林文化概念の登場以降、森林形成の文化的解明は林学の蓄積が発揮できるテーマであり、森林の総合的な文化論や森林の文化史、山村の文化誌が発表されてきた。その内容は、森林法の保安林制度・治山などの政治性、林業(施業)・林産業(林産物)・農業などの経済性、入会・集団の慣習などの社会性、狩猟・採集・民具・農具・建築材・防災・教育・行楽などの生活技術、そして、思想(森林観・自然観・信仰・美意識・倫理)・芸術・文学・風景などの精神性まで、多岐に渡って扱われてきた。さらに、これらの歴史や海外との比較文化も対象である。森林文化論を支えている引用文献は、神話・伝説・童話・和歌集・農書・郷土史・小説・紀行文・映画・写真など多彩である。このことは、学術以外の著述や作品によっても森林の文化的側面は豊富に表現されてきたことを物語る。 先行研究の解釈をみると、森林文化研究とは森林の政治文化、経済文化、生活文化、社会文化、精神文化などを解明する学問であるということができる。この意味からすると、森林文化学または文化森林学は、直接的な政策立案型、問題解決型の学問分野ではなく、林学における人文社会的分野の原論、基礎論に位置づけられることになる。ただし、森林文化論では、現代における森林と人間の距離の遠さや、森林と人間の関係の軽視が問題とされてきた。「山と木と人の融合」(筒井1983)という理想(価値観)が掲げられ、その実現を目指した文化政策研究も行われてきた。よって、森林文化論では、文化の形成史、将来目指す文化像、文化政策までを含めた課題設定が必要であると考えられる。 森林文化論でこれまで強調されてきたのは、この森林と人間の関係(「一体化」、「交流」、「共生関係」)の重要性である。森林と人間の関係を主題とするならば、森林と人間がつくる文化の解明とともに、人間的要素から森林を解明することが課題となり、反対に、森林から人間を解明することも課題となろう。このとき、森林を明らかにするために文化の視点は有効かどうか、また、人間を明らかにするために森林を研究することは有効かどうかが問われることになるのではないか。さらに、人間と山の文化を考える関連分野(文化人類学、生態人類学、民族学、民俗学、人文地理学など)で扱われにくかった課題を林学において発見していくことも期待される。

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680680617856
  • NII論文ID
    130007020044
  • DOI
    10.11519/jfs.115.0.d06.0
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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