イギリス雇用契約におけるimplied termsの新動向に対する一考察 : 黙示的相互信頼条項というimplied termを中心として

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  • 〓 敏
    九州大学大学院法学府博士後期課程

抄録

現代社会の変化に伴い、職場は労働者が白己価値や満足感を得る重要な場になりつつある。こうした労働者の意識の変化に伴って、労働者が使用者に忠実に労務を提供すると同時に、使用者は労働者の人格的権利や尊厳を考慮し、良好な職場関係を築くことが不可欠であると考えられる。このような現代的労働関係の新たな特徴を、いかに雇用契約上の権利義務を通じて法的に反映すべきかが、どの国においても共通の問題となっている。日本では、近年労働契約における付随義務論の研究が盛んになされている。しかし、これまで裁判例を中心に展開してきた現在的付随的義務論は、次の問題点を露呈していると考えられる。第一に、現在の付随的義務論は雇用関係上の新たな問題に十分対応できない恐れがあると考えられる。第二に、当事者間で明示的に合意された特約や就業規則と付随的義務との関係において、両者の効力と限界をどう画するかと言う問題も、まだ不明確である。本報告は、イギリスの雇用契約における黙示的信頼条項を中心として、黙示条項(implied terms)論の新動向に対する検討によって、中国と日本への示唆を得ることを目的とするものである。黙示的相互信頼条項とは、使用者と被用者が相互の信頼関係を損なうあるいは破壊するように行動しないことを要求するコモンロー上の黙示義務であり、これまで主従関係であったイギリスの雇用関係を逆転させ、今世紀雇用法の歴史的な一展開であると評価されている。しかし黙示的相互信頼条項は、新しい黙示義務として、その展開方向については流動的であり、特に1997年この黙示義務を承認したMalik事件貴族院判決以降、判例上も学説上も盛んに議論されている。本研究は、近時の裁判例や学説を手掛かりとして、労働契約における中心的な付随義務と評価される黙示的相互信頼義務の根拠、機能及び体系的な議論について考察する。その考察から、黙示的相互信頼条項が、現代的な雇用関係を反映する新たな黙示条項として、以下の三つの特徴を有することは明らかになった。第一には、雇用関係が日々の関係(day-to-day relation)であるという認識を前提に展開されたことである。たとえば、被用者に対する個々の嫌がらせが些細であっても、(その累積により)黙示的信頼条項違反に該当することになるとされる点である。第二には、黙示的信頼条項が労使義務の相互性を強調する点である。同条項は、使用者と被用者が相互に相手の利益を考慮し、協力する方向を導き出す。このような相互性から、使用者と被用者の黙示義務は、一定の均衡を保持する方向で展開されうるであろう。第三には、苦情処理義務などの個別的な黙示条項を促すことにより現代的な雇用関係の変化を反映する点である。また、イギリスの裁判例と学説は、黙示的信頼条項法理は、明示条項の行使方法を大枠では制限しながらも些細な部分では明示条項に道を譲る理論構造を示していると考えられる。すなわち、明示的な調査権限、配転権限を行使する際にも、黙示的相互信頼条項を違反してはいけないという枠組である。この枠組において雇用関係に特有な黙示的相互信頼条項から労働者の私的生活、人格権などの保護を図るというより無理のない構成がとられている。

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390282680780211200
  • NII論文ID
    110009563761
  • DOI
    10.20661/kla.2004.0_3
  • ISSN
    24241814
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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