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- 伊原木 大祐
- 日本学術振興会
書誌事項
- タイトル別名
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- L'infini de la responsabilite
- セキニン ノ ムゲン レヴィナス ノ シソウ ニ ツイテ
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抄録
責任が無限であるという発想は、常識では理解しがたいものであり、最悪の場合、宗教的ファナティズムの暴力と結合してしまう危険性がある。二十世紀フランスの哲学者エマニュエル・レヴィナスの思想は、こうした危険を乗り越えつつ、無限責任という観念に新たな積極的意義を与えようとしていた。レヴィナスの試みはまた、独特な仕方で罪責観念を構築する営みにも通じるものであり、純粋にセキュラーな観点からの接近を拒むような内実を含んでいる。以上の論点を主要な対象とする本稿は二つの部分に分かれる。第一に、責任および暴力という観点からレヴィナスのキェルケゴール批判を捉え返し、その背景には「信仰の逆説」に代わる逆説的神論が潜んでいたことを明らかにする。第二に、デリダが鋭く指摘した責任の内在的アポリアを、レヴィナス正義論の立場から照射することで、無限責任の理解へと至る新たな方途を模索する。この最後の道程には「疚しさ」という観念の復権が伴っている。
収録刊行物
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- 宗教研究
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宗教研究 80 (3), 619-640, 2006
日本宗教学会
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390282680926486400
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- NII論文ID
- 40015188153
- 110006149965
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- NII書誌ID
- AN00406454
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- ISSN
- 21883858
- 03873293
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- NDL書誌ID
- 8581953
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
- NDL
- CiNii Articles
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可