LHC実験が解き明かす真空の本質~ヒッグス粒子の精密測定~

書誌事項

タイトル別名
  • Revealing the Nature of Vacuum: Higgs Precise Measurement at LHC
  • 最近の研究から LHC実験が解き明かす真空の本質 : ヒッグス粒子の精密測定
  • サイキン ノ ケンキュウ カラ LHC ジッケン ガ トキアカス シンクウ ノ ホンシツ : ヒッグス リュウシ ノ セイミツ ソクテイ

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抄録

<p>2012年7月のヒッグス粒子発見の記者会見を思い出す読者も多いと思う.たかが素粒子1つで何の騒ぎと訝る方もいらっしゃるかもしれない.ヒッグス粒子の発見は,単に「標準理論」最後の未発見粒子が発見されたという話ではない.ヒッグス粒子はこれまで発見されていた素粒子とは全く異なるカテゴリーの素粒子であり,我々を取り囲む「真空」に関係している.真空は,空っぽなのではなく,「ヒッグス場」と言う場が隠れていたことが判明したのであり,我々の住んでいる宇宙の進化や将来を決める,まことに凄い役割を果たしている.</p><p>また,「もう見つかったんだよね.あと何を研究してるの?」と思う方もいると思う.実は2012年に発見されたのは,ヒッグス粒子が,力を伝える素粒子(W ±粒子やZ 0粒子)に質量を与える反応であった.(真空が弱い力の電荷に満ちているため,弱い力が遠くまで伝わらず,W ±粒子やZ 0粒子が質量を持つように見える.実に素直な機構である.)しかし,2012年の段階では,物質を形作る素粒子(クォークやレプトン)に質量を与えているか否かまでは分からなかった.</p><p>物質を形作る素粒子に質量を与える機構は,非常に不思議な機構で,これを考案したワインバーグ(S. Weinberg,1979年ノーベル物理学賞受賞)は,「標準理論を家に例えると,この機構は便所のようなもの」(お食事中の方には失礼!)と例えたくらい,かなり理論的に不自然で無理をしている.物質を形作る素粒子の質量の起源は別の可能性もあった.電子を例に考える.スピン上向き下向きの2状態は同じだと思うのは間違いである.進行方向と同じ向きのスピンの(右巻き型)電子と反対向きのスピンの(左巻き型)電子は,弱い力の電荷を持たない電子と持つ電子の「赤の他人」である.質量がないと電子は光速で運動しているので,ローレンツ変換により相対位置が変わることがなく,スピンの向きも変わらないため,2つの状態が混合することはない.しかし,我々の住んでいる真空は右巻き型と左巻き型を換える,弱い力の電荷に満ちている.弱い力の電荷を持たない電子(右巻き型)は,“時々”真空から弱い電荷をもらって,別の電子(左巻き型)に化けると標準理論では考えられている.この“時々”の割合が,電子だとO(10-6)と滅多に起きず,トップクォークだとO(1)で頻繁に起きるからだと強弁している.6桁も違うなんて不自然だと考えるのが自然である.</p><p>この不自然さを明らかにするため,LHCはエネルギーを増強し,衝突頻度も向上させて研究を行った.実験結果は,第3世代の素粒子(トップクォーク,ボトムクォーク,タウレプトン)については,反応が観測され,測定誤差が大きいながらも標準理論の形式通りであった.自然はかなり不自然に無理をしていたのだ.そして,第1,2世代については,まだ反応は観測されていないため,予想通り,第3世代にくらべて十分小さいことが分かった.物質を形作る素粒子は3世代あるが,ヒッグス場との結合の強さの違いが世代を分けていることが分かった.ヒッグス場との結合の強さの違いは世代が1つ上がる度に約100倍強くなっていく.この大きな違いを理解することが,次の大きなテーマになる.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 73 (10), 710-714, 2018-10-05

    一般社団法人 日本物理学会

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