両肩甲骨体部骨折を呈し転位が高度であった症例に対し肩関節屈曲、外転角度の獲得へ向けて工夫した一症例
説明
<p>【症例紹介】</p><p> 肩甲骨骨折は全骨折の1.0%と稀である1)。今回、両肩甲骨体部の転位が著明であった両肩甲骨体部骨折保存療法症例に対して理学療法を行い、転位が憎悪することなく肩関節屈曲、外転が可能となったため報告する。症例は30代男性で、塗装作業中に3mの高さから背部より転落受傷した。画像所見において両肩甲骨体部骨折(転位は左側で優位)、第7頸椎、第1-8胸椎椎体骨折と診断され、当院入院となった。</p><p>【評価とリーズニング】</p><p> 介入初日(受傷後3-4日目)において、X-p上にて鎖骨挙上角を測定したところ、Rt.23.5°/Lt.36.9°で左側が顕著に挙上していた。関節可動域(安静度はベッドアップ15°制限であったため、臥位にて測定)は肩屈曲160°/90°P、外転160°/90°P、内旋80°/80°、外旋60°/45°P であった。筋緊張は両肩甲挙筋、菱形筋、僧帽筋上部で亢進しており、左側が優位であった。疼痛は安静時には認められず、左肩屈曲、外転、外旋の各運動時に肩甲骨内側縁に沿って認められた(NRS4-5/10)。筋力はMMTにおいて、肘屈曲5/5、伸展5/5、前腕回内5/5、回外5/5 であった。肩周囲筋の筋力測定に関しては肩甲骨体部の転位を考慮し、実施しなかった。治療過程において炎症所見の悪化はみられなかった。</p><p> 左肩屈曲、外転、外旋の各運動時に肩甲骨内側縁に沿って疼痛が生じた原因としては、転位が高度な骨折部の骨膜損傷により、運動時に骨膜に分布している侵害受容器が刺激されたためだと推測する。また、肩甲骨を内側上方へ引き上げる作用を持つ肩甲挙筋、菱形筋の過緊張のため、肩甲骨外転、上方回旋を伴う肩屈曲、外転の各運動時に伸張痛が生じ、筋の付着部である肩甲骨内側縁に疼痛が生じたと考えた。</p><p>【介入内容および結果】</p><p> 介入初期は、骨折における肩甲骨の構造的破綻から、肩甲骨骨折部に付着する筋群を使用した自動運動では骨片の転位が増悪する可能性があった。本骨折において自動運動は受傷2週間後より許可している報告がある2)。しかし、本症例は転位が高度であったため、早期は臥位での他動運動、自動介助運動を中心に実施した。受傷後21日目より臥位での自動運動を開始し、23日目から座位での自動介助運動を実施した。受傷後23日目の関節可動域(座位にて測定)は肩屈曲165°/120°P 、外転160°/110°、内旋80°/80°、外旋60°/45°P であった。また、受傷後37日目より座位にて自動運動を実施し、肩屈曲、外転ともに120°以降において肩甲骨内転、後方突出による代償運動が生じていた。代償動作を伴った肩屈曲、外転の各運動では腱板機能の低下により、肩甲骨関節窩に対して上腕骨頭を求心位に保持することが困難となり、骨頭が上方へ偏位することで肩甲上腕関節での棘上筋のインピンジメントが生じることが予測された。そのため、運動方向を誘導しながら自動介助運動を中心に実施した。</p><p> 筋力トレーニングは、受傷後37日目から疼痛、筋疲労に合わせて運動強度を上げた。腱板の機能改善により、肩周囲筋の筋出力の向上が期待できると考え、肩回旋運動による疼痛増悪がみられなくなった受傷後44日目から腱板トレーニングを実施した。受傷後55日目では肩屈曲165°/135° 、外転160°/135°、内旋80°/80°、外旋60°/45°Pで、筋力はHHDを使用して測定し、肩屈曲10.5kg/6.6kg 外転11.4kg/6.4kg 内旋9.5kg/9.1kg 外旋8.6kg/6.6kgであった。受傷後66日目には疼痛が消失したため、セラバンドを使用しての腱板トレーニングを開始した。受傷後69日目では鎖骨挙上角はRt.-1.6°/Lt.-1.7°で左右ともに改善がみられた。介入初期より疼痛を生じさせない範囲での運動を行ったことで、肩甲挙筋、菱形筋の過緊張が軽減したと考える。最終評価時(受傷後87日目)は肩屈曲165°/135° 、外転160°/135°、内旋80°/80°、外旋60°/45°で、肩屈曲、外転の各運動時の代償運動に改善がみられた。また、筋力は肩屈曲16.6kg/11.4kg、外転15.2kg/9.0kg、内旋16.1kg/13.5kg、外旋9.5kg/8.9kgまで向上した。</p><p>【結論】</p><p> 本症例を通して、骨転位を増悪させることなく肩関節屈曲、外転角度を獲得することができた。肩甲骨の構造的破綻から生じると推測される疼痛や、肩甲骨の代償動作を考慮し、理学療法評価・治療を実施することが重要である。</p><p>【倫理的配慮,説明と同意】</p><p> 患者にはヘルシンキ宣言に基づいて口頭にて意義、方法、不利益等について説明し同意を得て実施した。</p><p>文献1)神中正一:神中整形外科学 下巻.南山堂,東京,2013,370-371.</p><p>2)武田功,竹内義享,大村晋司.第Ⅱ章 肩甲骨骨折.上肢骨折の保存療法.医歯薬出版株式会社,2005:24</p>
収録刊行物
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- 理学療法学Supplement
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理学療法学Supplement 46S1 (0), H2-253_2-H2-253_2, 2019
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
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詳細情報 詳細情報について
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- CRID
- 1390282763134186496
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- NII論文ID
- 130007693822
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- 本文言語コード
- ja
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- データソース種別
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- JaLC
- CiNii Articles
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- 抄録ライセンスフラグ
- 使用不可