強いスピン軌道相互作用を持つモット転移系で見られる磁壁の金属性(最近の研究から)

書誌事項

タイトル別名
  • Anomalous Metallic Magnetic Domain Wall in Mott Transition System with Strong Spin-Orbit Coupling(Research)
  • 最近の研究から 強いスピン軌道相互作用を持つモット転移系で見られる磁壁の金属性
  • サイキン ノ ケンキュウ カラ ツヨイ スピン キドウ ソウゴ サヨウ オ モツ モット テンイケイ デ ミラレル ジヘキ ノ キンゾクセイ

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抄録

金属絶縁体転移は凝縮系物理学における最も劇的な現象の一つである.とりわけ固体内にひしめき合う電子がクーロン相互作用によって局在化するモット転移は,磁性,超伝導,光物性などの物性物理学の主要な課題とも深く関連して多くの研究者の関心を集めてきた.モット転移を駆動する基本的なパラメータは電子の局在性を強めるクーロン相互作用と波動関数の広がりを決める運動エネルギーである.遷移金属酸化物はモット転移を研究する恰好の材料群の一つであり,物性を担うd電子の運動エネルギーを決める一電子バンド幅やバンドフィリングが化学的修飾,磁場・圧力・光などの外場によって容易にかつ精密に制御できる特長がある.3d,4d電子遷移金属酸化物では一電子バンド幅とクーロン相互作用のエネルギースケールが同程度であることが多く,高温超伝導,超巨大磁気抵抗効果,電荷軌道整列現象,巨大熱電効果など,通常の金属や半導体では見られない多様な現象がモット転移近傍で数多く見出されてきた.上記の2つの他に電子物性に深く関わる物質パラメータとして相対論的なスピン軌道相互作用がある.半導体や金属の磁気伝導に関連して古くからその重要性が認識されてきたが,最近ではトポロジカル絶縁体をはじめとする新しいトポロジカル量子状態の発現の鍵を握っていることが明らかになってきた.3d,4d電子遷移金属酸化物では,通常,クーロン相互作用や一電子バンド幅より1桁以上エネルギースケールが小さいため,モット転移に関連した新しい電子相の発現にはあまり重要ではないと考えられてきた.ところが,最近,5d電子遷移金属酸化物で,クーロン相互作用,一電子バンド幅,スピン軌道相互作用が同程度のエネルギースケールとなり,従来のモット転移と異なる様相が生じる可能性が指摘されている.具体的に述べると,反強磁性モット絶縁体相が常磁性金属相へとモット転移する過程でワイル半金属相と呼ばれる新奇なトポロジカル量子相が生じる可能性が理論的に予言された.この相の特徴は,バルクのフェルミ準位付近の電子状態がディラック型バンド分散となっており,バンドの特異点を反映した非自明な金属的エッジ状態が試料の表面に現れることである.筆者らは,反強磁性パイロクロア型R_2Ir_2O_7(R=希土類元素)がモット転移する過程の電子状態を電荷輸送特性,テラヘルツ・赤外分光を用いて調べた.その結果,モット転移近傍でバルクの電荷ギャップがほぼゼロとなる絶縁体状態が生じ,電子的な界面である反強磁性磁壁上に電子散乱が極めて小さい金属的状態が生じていることを見出した.このような特徴は従来のモット転移系では見られず,相対論的スピン軌道相互作用の効果が大きい5d電子系に固有のものと思われる.しかし,磁壁に生じた金属状態は有限のギャップが開いたモット絶縁体状態でも見え続けるなど,当初のワイル半金属モデルの予想とは反する点も明らかとなり,相対論的効果が効いたモット転移の新しい枠組みの必要性が浮き彫りになりつつある.

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 70 (6), 441-445, 2015-06-05

    一般社団法人 日本物理学会

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