アクティブマターの非線形ダイナミクス (解説)

  • 太田 隆夫
    東京大学大学院理学系研究科:豊田理化学研究所

書誌事項

タイトル別名
  • Nonlinear Dynamics of Active Matter
  • アクティブマターの非線形ダイナミクス
  • アクティブマター ノ ヒセンケイ ダイナミクス

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抄録

自分の内部に運動の仕掛けをもっている物質・物体をアクティブマターという.この意味での「アクティブマター」は2006年頃から使われ始めた新しい言葉である.動物,生体細胞,微生物,分子モーターなどがその例である.非生物でわかりやすいのは樟脳舟であろう.プラスティックで作った1〜2cmの舟の船尾に樟脳をくっ付け,水に浮かべると,水面に樟脳が溶けた後方と溶けていない前方の表面張力の違いのために舟が前進する.油滴や金属微粒子,コロイド粒子でもその表面での化学反応により表面張力に不均一が生じる条件下では,溶液中で化学エネルギーが力学エネルギーに変換され自己推進運動が起こる.なお,「運動」は並進だけではなく変形,回転(スピン),分裂などもあるが本稿では主として柔らかな自己推進粒子の並進と変形に着目する.アクティブマターという概念の導入によって,それまで個別的に研究されていたいろいろな対象を統一的に捉えることが可能になり,非平衡系の新しいテーマとして世界的に研究が盛んになっている.柔らかなアクティブマターでは様々な変形モードの非線形カップリングのため,孤立した1個の粒子の運動も複雑なものとなる.「泳ぐ」バクテリアについては流体力学的研究が1950年頃から行われているが,培地上を「這う」運動についてはその並進と変形の相関や,細胞内部での力の発生などの研究が始まったばかりである.本稿では変形する自己推進粒子のダイナミクスを,個々の対象の詳細によらずに定式化し運動の法則を探る.このモデルの2次元数値計算では,粒子が固い場合は直進運動が安定であるが,柔らかさが増すにつれて円運動,ジグザグ運動,カオス運動のように動きが複雑化する.自己推進粒子の集団運動の研究は1995年にVicsekらが提案したモデルが一つの契機となっている.かれらは一定の速度で任意の方向に進む点粒子を考え,個々の粒子はその周りの有限の範囲にいる粒子の平均の速度方向に動く相互作用を導入し,時々刻々,速度の向きに小さなノイズを与えた.ノイズの大きさを小さくしていく,あるいは,密度を増加させると,ある閾値で粒子が乱雑に運動している状態から方向を揃えた状態への転移が2次元空間でも起こる.ノイズは熱揺動ではなく揺動散逸関係も存在しないため,簡単ではあるが非平衡系の集団ダイナミクスと状態間転移の有用なモデルとして興味がもたれてきた.このモデルの秩序状態は熱平衡相転移での秩序状態とは著しく異なる性質をもつ.その一つは,状態間転移点近傍の秩序状態では,すべての粒子が速度方向を揃えた一様状態は安定でなく,乱雑なバックグラウンドの中に細長い秩序バンドが形成されそれが伝播することである.Vicsekらの点粒子モデルではこのバンドは衝突したとき一方のみが生き残るが,大きさのある変形可能な粒子では伝播バンドは正面衝突においてあたかもソリトンのように個性を保つことがわかっている.もう一つの特徴は,転移点から離れたところでは速度方向が一様に揃った状態は安定ではあるが,巨大な密度揺らぎが存在することである.TonerとTuはVicsekらのモデルを粗視化した流体力学的方程式の繰り込み群解析を行い,この異常揺らぎを予言していた.これらの進展をふまえて,非線形・非平衡系物理学としてのアクティブマター研究の今後の課題に言及する.

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 70 (5), 347-355, 2015-05-05

    一般社団法人 日本物理学会

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