アクティブマター集団の動的ネットワーク形成――線虫の集団運動

書誌事項

タイトル別名
  • Collective Dynamical Network Formation of Active Matter―Collective Motion of Nematodes
  • 最近の研究から アクティブマター集団の動的ネットワーク形成 : 線虫の集団運動
  • サイキン ノ ケンキュウ カラ アクティブマター シュウダン ノ ドウテキ ネットワーク ケイセイ : センチュウ ノ シュウダン ウンドウ

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抄録

<p>魚や鳥など生き物が多数集まると秩序構造をつくることがある.無生物でも自発的に運動するコロイドなどは同様の構造を形成する.そのため生物・無生物に関わらず自発的に運動する物体の集団運動を統一的に記述できると期待される.このような考えのもと,自発運動する多粒子系について短距離の配向相互作用を通じて2次元平面内で一様に揃う長距離秩序相がTamás VicsekらやJohn Tonerらの理論研究により見いだされた.これはMermin–Wagner定理で示されているように,平衡系では現れない自発運動する粒子特有の相である.その後,Hugues Chatéらにより類似の相転移に関して研究が進められ,様々な対称性に対する相挙動が明らかにされた.</p><p>数値的・理論的研究が先行する以上の状況において,近年,東京大学の西口大貴らは存在の予言されていた長距離秩序相を,大腸菌の群れを用いた研究により実験的に見いだすことに成功した.他にもコロイドや神経幹細胞の集団運動の研究を通して実験的な裏付けも進められている.このように,これまで主に中枢神経系などの高度な情報処理機構を持たない系が用いられてきた.一方,神経系を持つ動物の集団運動に対しては,サイズや複雑性などに起因する実験的知見の不足により,同様の形式の単純な理論が統一的に適用できるかは不明なままとなっている.</p><p>このような状況のもと,我々は神経活動や行動の研究で用いられるモデル動物である線虫Caenorhabditis elegansの集団運動を研究した.この生物は小さいため外部環境を制御しながら実験室で研究ができる.また,変異体を容易に得られ,個々の運動特性を変化させることも可能である.我々は富栄養化して個体数密度を高くすることで,線虫において,制御された環境下で集団秩序相を初めて見いだした.</p><p>本実験で用いた線虫は孤立している時,基板上を長時間にわたる回転速度の記憶を持ちながら移動し,円状の軌道を描いた.また,移動中に別個体と衝突すると短距離のネマチック相互作用が働き,運動方向が互いに平行か反平行に揃うことが明らかとなった.衝突後は個体周りの薄い水の層の表面張力によって引力が働き,しばらく接触しながら移動することも見いだされた.</p><p>個体数密度を高くすると,線虫はバンドル状に集まった.そして,このバンドルは多数の網目からなる動的なネットワーク構造を作ることが明らかとなった.網目は大きさをランダムに変化させながら生成や消滅,融合を繰り返した.我々はこの線虫が見せる挙動に関して,周囲の湿度調整や変異体を用いることで,様々な状況での集団運動の様相を観察した.</p><p>上述の孤立した個体の運動の特徴を満たす最低限の多粒子モデルの数値計算の結果,実験で見られた動的ネットワークが形成された.また,このモデルにより,実験で得られた様々なパラメータに対する集団運動の依存性もよく再現できることが明らかとなった.この結果より,長時間の回転速度の記憶と短距離のネマチック相互作用が,今回の線虫集団の構造形成の主要因であると結論づけた.</p><p>用いたモデルはガラス基板上に固定された分子モーターに駆動される棒状分子の集団運動の解析に用いられたものと類似している.サイズ・個体特性の全く異なる系がほぼ同一の数理モデルでよく再現されうるということは,自発運動しながら近傍と向きを揃えようとする粒子の多体系に統一的な記述があることを強く示唆している.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 75 (1), 34-39, 2020-01-05

    一般社団法人 日本物理学会

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