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<i>Ālambanaparīkṣā</i>第三偈に関する護法釈の再検討

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タイトル別名
  • Re-examining the Value of Dharmapāla’s Commentary on the Third Verse of the <i>Ālambanaparīkṣā</i>
  • Re-examining the Value of Dharmapala's Commentary on the Third Verse of the Alambanapariksa

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抄録

<p>ディグナーガ(Dignāga,陳那,ca. 480–540)著Ālambanaparīkṣāは,漢訳と蔵訳のみが現存する.漢訳には,パラマールタ(Paramārtha,真諦,499–569)訳『無相思塵論』と玄奘(600/602, 664)訳『観所縁縁論』があり,この注釈書であるダルマパーラ(Dharmapāla,護法,6c)釈には義淨(635–713)訳『観所縁論釈』(ĀP_Y)がある.蔵訳には,本頌(dMigs pa brtag pa, ĀP)とディグナーガの自注(dMigs pa brtag pa’i ’grel pa, ĀPV),およびヴィニータデーヴァ(Vinītadeva,調伏天,ca. 690–750)釈(dMigs pa brtag pa’i ’grel bśad, ĀPṬ)がある.</p><p>山口益『世親唯識の原典解明』(1953年,法蔵館)の第三章「観所縁論の原典解釈」では,第三偈に述べられている「極微の形相は認識の対象ではない.堅性等のように」(rdul phran rnam pa rnam rig gi // don min sra ñid la sogs bźin)は,ディグナーガによるものか,対論者によるものかが論じられている.山口氏によれば,パラマールタはこれをディグナーガの説とし,玄奘もこの説に従っている.しかし,ダルマパーラはこれを対論者の説とし,ヴィニータデーヴァと共通する.本発表はダルマパーラ釈の義淨訳(ĀP_Y)を精査し,第三偈に対する山口氏の指摘を再考するものである.</p><p>この義淨訳は解読が困難であり,意味が曖昧なところ多い.ヴィニータデーヴァ釈(ĀPṬ)をダルマパーラ釈の義淨訳(ĀP_Y)と比較すると,ヴィニータデーヴァにおいて,ダルマパーラのアイデアを採用する場合があることが明らかになった.このように,ヴィニータデーヴァがダルマパーラ釈について言及する個所が多く見られるため,ヴィニータデーヴァ釈と義淨訳を厳密に比較することによって,ヴィニータデーヴァ釈を通して義淨訳が用いる難解な語句について明確にすることができる.</p>

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