人工次元を用いたトポロジカル物性の研究

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タイトル別名
  • Study of Topological Lattice Models with Synthetic Dimensions
  • ジンコウジゲン オ モチイタ トポロジカル ブッセイ ノ ケンキュウ

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抄録

<p>近年,冷却原子系をはじめとした人工量子系での量子シミュレーションに「人工次元」というアイデアが登場し,その研究が急速に進んでいる.人工次元とは,粒子の内部自由度などの非空間的自由度を有効的に空間とみなして実際の空間次元よりも高次元の模型をシミュレートする方法である.ある自由度を人工次元として用いるには,その方向に粒子が動けるようにしなければならない.逆に,非空間的な自由度であっても,その方向に粒子が(自由に)動けるのであれば,その方向は次元とみなすことができる.これが人工次元の基本的な考え方である.</p><p>人工次元のアイデアは2014年に冷却原子系において提出された.冷却原子系を用いた量子シミュレーションの近年の課題の一つが,電気的に中性の原子を用いてどのように磁場中の荷電粒子の動きをシミュレートするのか,である.特に,量子ホール効果などのトポロジカルな現象をシミュレートするには磁場中の荷電粒子の物理をうまく再現できなければならない.人工次元に関する2014年の提案はスピン空間を次元として用いる方法で,実空間とスピン空間で張られる2次元空間で磁場の効果をうまくシミュレートできることが示された.翌年に実現した実験では人工次元を用いてトポロジカル・エッジ状態を観測することに成功している.それ以来,人工次元は冷却原子系でトポロジカル物性を調べる重要な手段として急速に研究が進んでいる.スピン状態だけではなく,運動量空間上の仮想的な格子や調和振動子型ポテンシャル中のエネルギー固有状態などさまざまな非空間的自由度を人工次元として用いる方法が検討されている.また,粒子間相互作用を考慮した多体物性の観点からは,人工次元方向への粒子間相互作用は通常非常に長距離の奇妙な形をしており,特定の多体相を実現するにはどうすればよいのか,また,人工次元特有の相互作用のもとでどのような特徴的な多体相が実現できるのかという問題が活発に議論されている.</p><p>冷却原子系を超えて,人工次元はフォトニクスにおいても研究が活発に行われている.フォトンは中性であることから,冷却原子系と同様に磁場中の荷電粒子の効果をシミュレートするのは非自明で,人工次元はフォトンを用いてトポロジカル物性の研究を行うための貴重な手段を与える.特に,フォトニクスにおいてはトポロジカル・エッジ状態などのトポロジカルな現象を実用的なデバイスの作成(例えば,光が一方向にしか流れないデバイスである光アイソレータなど)につなげる方向に強い興味が向いている.</p><p>人工次元は,量子シミュレーションに新しい可能性を与える.従来の方法ではシミュレーションの難しかった模型も,人工次元を用いた実現可能性を探ることができるようになった.例えば,我々の住む3次元空間において4次元以上の模型を実験的に実現する可能性もでてきており,物性物理の研究の新たな方向性を示唆している.現在のところ,人工次元の研究は冷却原子系やフォトニクスなど原子・分子・光物理の系がメインだが,人工次元のアイデア自体は一般的なものであり,固体電子系など他の分野への適用も今後期待される.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 75 (4), 201-209, 2020-04-05

    一般社団法人 日本物理学会

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