セーフティーネットとしての重症心身障害医療

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  • −国立病院機構の課題と方向性−

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抄録

Ⅰ.はじめに 重症心身障害児を持つ親たちや小林提樹先生などの先駆者たちが中心となり、昭和30年代に民間の重症心身障害児施設の運営が始まった。その活動の流れの中、昭和39(1964)年に高い理念を掲げ「全国重症心身障害児(者)を守る会」が設立された。その後「守る会」の活動は国の施策を動かし重症心身障害福祉の提言・推進の原動力となってきた。旧国立療養所は戦後国策とて「国民病」と恐れられていた結核のみの診療を行っていたが、社会環境の改善や抗結核薬の開発など医療の進歩により、昭和40年代には結核患者数の大きな減少を成し遂げた。重症心身障害児施設の設置の流れのなか、昭和40年代旧療養所に結核の後継医療として重症心身障害医療が取り入れられ、さらに施設によって筋ジス医療、神経難病や小児慢性疾患に取り組み今日に至っている。重症心身障害児の生命的な予後が悪い当時、「守る会の三原則」の一つ「最も弱いものをひとりももれなく守る」の考えのもと、対象となる重症心身障害児全員の入所を目指し、旧療養所80施設、8,080床が昭和50年代にかけて整備された(表1)。その後福祉施策の拡大・充実に伴い、公立・法人立重症児施設がそれぞれの理念を掲げ各地に設立されてきた(図1)。また在宅の重症心身障害児(者)の増加に伴い通園事業や短期入所事業など在宅支援も充実させてきたが、旧療養所は四半世紀の間施設数、病床数に変化はなく、国のモデル事業は国立施設では実施できないとの立場で、新たな福祉施策の取り組みが遅れた。また官庁会計制度の基、本来人件費相当の措置費(児童指導費等)の使途についても曖昧なままにされ、必要な人員配置が公立・法人立施設のそれに比べて少なく、大きな課題となっていた(表2)。 Ⅱ.独立行政法人国立病院機構への組織改革 旧国立療養所は平成16(2004)年に国立病院と統合して、“政策医療”を旗印に独立行政法人国立病院機構として全国144施設で再スタートを切った。平成10年代に入り6施設が法人立施設や済生会病院に委譲され、独立行政法人化された時点で重症心身障害病棟を持つ施設は73カ所(約7,400床 国立精神・神経センター 旧武蔵病院は除く)になっている。経営面においては官庁会計制度から施設ごとの独立採算制(企業会計制度)となり、機構本部主導の経営・運営方針が現場医療の改善や意識改革に大きな変化をもたらした。この国立病院機構の特徴として19の医療分野ごとにネットワークを構成して、多施設間の連携の基で共同研究や専門研修が実施できる体制を作ったことが挙げられる。福祉の構造改革のもとで、障害者自立支援法(現 障害者総合支援法)施行で福祉の視点での対応も求められ、病院機構が掲げるセーフティーネット分野である重症心身障害医療の在り方・体制作りが大きな課題になった。 Ⅲ.現場の課題と取り組み 1.入所者の実態とマンパワーの変化 旧療養所に重症心身障害病棟が設置され半世紀近くが経過した。この間、周産期・新生児医療をはじめの多くの医療分野の進歩により重症心身障害児(者)の生命的予後が改善された1)。その結果、現在国立病院機構の重症児病棟入所利用者の平均年齢は45歳前後となっており、公立・法人立施設と同様に毎年確実に高齢化が進行している(図2)。また超重症児・準超重症児の割合は低年齢ほど高く18歳未満では約70%に及び(図3)、入所者全体でも確実に重症化が進行してきている2) 3)。更にポストNICU児の受け入れなど対応する医療ニーズも変化し、それを担う小児科医師の確保は多くの施設で次第に困難になってきた。そのため利用者の高齢化と相まってこれまで主に小児科医が担ってきた現場を、神経内科や整形外科などその専門性を活かして担当する施設も増加している。また看護師確保に関しては地域差が大きく、利用者の医療ニーズの増加に伴いその確保が困難な施設も出てきているが、一方で「7:1」の上位基準の看護体制導入で対応する施設も増加している。 2.重症心身障害医療への理解と人材育成 複雑な病態生理を示す重症心身障害児(者)は一般医療・臓器別医療の延長線上だけでは対応が困難である。また多くの合併症が複雑に絡み合う病態を見据えた医療・看護や社会・福祉的側面を考慮した対応が必要である。自施設では担えない様々な疾患・合併症に対して急性期、一般病院での治療依頼も増加しており、医療スタッフの重症心身障害医療への理解が不可欠である。そのため医学部の学生教育や初期・後期研修の中で、重症心身障害医療の研修の場を提供することが重要であり、医師向け研修プログラムの作成など少しずつではあるが実施の方向に向かっている4)。また看護の分野において国立病院機構では重症心身障害分野ばかりでなく、神経難病や筋ジストロフィーなど障害者医療の裾野は広く、多くの施設で看護実習を受け入れている。現在国立病院機構の重症心身障害ネットワークを活用した日本看護協会の「重症心身障害分野」の認定看護師制度構築の取り組みも始まっている。このような地道な取り組みは将来を担う人材育成や確保にも繫がると期待される。 3.セーフティーネットと療養介護事業移行への取り組み セーフティーネット機能として、通所事業や短期入所受け入れなど在宅重症児者への支援、ポストNICU児の在宅移行への橋渡し機能や療育施設としての対応も徐々に進めている。国立病院機構の入所利用者の死亡率は年間約2%で、毎年160名から200名が死亡退院し、これとほぼ同数の新規入所者を受け入れていることになる。平成24(2012)年の新規契約者248名の年齢分布を見ると、20歳未満が57%(10歳未満が34%)を占めており(図4)、ポストNICU児などの医療ニーズの高い重症心身障害児を積極的に受け入れていることが伺える2)。また精神医療の立場で対応している強度行動障害児(者)は、従来重症心身障害の一分野として取り組んできた。しかし療養介護事業移行に伴い、その位置づけが不明確となり、新規対象者の療養介護事業受け入れに関して、自治体による対応の地域差のため混乱が生じており、早急に制度上の改善が必要である。また施設が持つ障害者医療のノウハウを地域に還元していくため、医療的ケアや障害者看護などの情報発信や研修受け入れなどの取り組みも始まっている。地域行政や福祉施設との連携、日中活動や社会参加支援では、国立病院機構では“療育指導室”が福祉担当としてその中核を担っており、専門性の向上とマンパワーの充実を図っている。またこれまで国立病院機構の重症児者病棟では看護職が中心で病棟業務が行われていたが、利用者の日中活動や社会参加などを支援する療養介護職員や生活支援員の導入も進んでいる。 Ⅳ.これから 国立病院機構病院の病床数は約5万5千床で、障害者総合支援法に基づく療養介護事業の対象である重症心身障害、筋ジストロフィーや神経難病などの病床数は全体の2割弱を占めている。この分野は国立病院機構が掲げるセーフティーネットと位置づけられており、療養介護事業が求めるサービス管理責任者の配置や個別支援計画の作成・評価、外部監査にも対応した福祉の視点での体制整備や施設運営が不可欠となった。また障害者総合支援法が求めている「生活支援、社会参加」活動にはマンパワーの確保が不可欠であり、施設の運営状況を見据えた充実が必要である。在宅重症心身障害児(者)への地域支援として、短期入所や通園事業などへの取り組みは徐々に拡大してきているが、地域のニーズを十分満たせる状況ではなく今後の大きな課題と考える。国立病院機構では施設間の重症心身障害ネットワークを活用したデータベースの構築5)や情報交換、臨床共同研究にも力を入れ、少しずつその成果をあげている(表3)。 福祉的視点も含めた病院運営、重症心身障害医療研修の場の提供、利用者の日中活動・社会参加の推進や、地域の実情に応じた短期入所など在宅重症児(者)の支援拡大、施設が有する機能の情報発信、73施設のネットワーク機能を活用した臨床研究などを通じて、地域から支持される国立病院機構が掲げるセーフティーネット医療の充実が可能となると考える。

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