身体性システム科学から考える「一歩先」の神経理学療法

DOI
  • 森岡 周
    畿央大学ニューロリハビリテーション研究センター

抄録

<p> 一度は持ち得た種々の機能や能力を再獲得・再学習させる目的で,神経理学療法はその対象者に提供される。ゆえに,その過程は,運動再教育あるいは運動学習の過程と同義であると言えよう。</p><p> 現在,神経科学の発展に伴い,強化学習,教師なし学習,教師あり学習のモデルをどのように理学療法の場面に適応させるか議論されている。中でも,理学療法では対象者に課題(目標)を提示することから,自ずと教師あり学習がその中心となる。教師あり学習過程では,目標が設定されることから,運動実行に伴う感覚フィードバックの回帰だけでなく,得られる感覚予測を生成するところに特徴がある。この予測と回帰してくる結果を比較することが運動学習過程になるわけである。この過程をコンパレータモデルと呼ぶ。目標志向的に練習を繰り返す手続きは,教師あり学習を基盤に,対象者自身が自己の経験に基づき法則性や概念を構築していく教師なし学習が付随して行く。他方,強化学習は個人の報酬価値に基づき目標を設定・変更し,それを達成して行く手続きによって成立することから,個別性の様相が強いところに特徴がある。</p><p> 一方,一度は学習し持ち得た種々の機能・能力が神経障害によって失われるということは,意図通り動いていたはずの身体がもうそこにはない,という意識を惹起させることと同義である。予測通りに感覚フィードバックが回帰し,比較処理を通じてその情報間に不一致が起こらなければ,身体への顕在的意識は起こらず,無意識のまま運動が制御されて行く。一方,予測と感覚の間に不一致が生まれると,種々の身体性の変容感を惹起させる。つまり,身体性のメカニズムもコンパレータモデルで説明できるわけである。</p><p> 上記で説明した身体性のコンパレータモデルは,感覚と運動(感覚運動表象)を持った人間であれば誰しも違いなく持っている。そこには基本的に個別性はない。近年,身体性は階層性の観点から説明されている。普遍的かつ生物学的な基盤である感覚運動表象の上位システムとして位置づけられているのが,概念的(命題的)表象とメタ的表象である。概念的表象は信念,文脈,思考を包含したものである。文明開化後の人間が当たり前のように靴を履き,いわばそれが無意識化され,身体の一部として受け入れられているのも,この水準の表象が関係している。義足や装具の許容にももちろん影響する。子供が靴を嫌がり脱ぎたがるのも,その概念がまだ形成されていないからである。このように概念的表象は個人の経験や信念に影響を受ける。また,メタ的表象には一般常識や社会的規範,そして他者と比べた自己という意識が加わる。神経障害を持った自分が他者の身体に比べ劣っているという意識も,このメタ的表象が関与する。このような意識が媒介することによって,自己の身体の無視や嫌悪感が惹起することがある。しかし,こうした意識を強く持つ者とさほどでもない者が存在することも自明である。つまり,生きてきた経験に基づく永続的な意識が影響するわけである。つまり,そこには個別性がある。</p><p> 理学療法士はエビデンスに基づいた治療を提供する専門職であると同時に,対象者にとって必要な,すなわち報酬価値のあるサービスを提供するリハビリテーション医療に属した専門職でもある。前者は普遍的かつ一時的な生物学的身体を対象にしたものであり,原則的にエビデンスやガイドラインに準拠すべきである。一方,後者は個別的かつ永続的な社会的な身体を対象としたものであり,ナラティブに対応すべきである。目標や報酬を個別的に変えるといった強化学習もこちらに属すると言えよう。つまり,理学療法士は,この両義的視点から治療および社会的援助・教育を行い,それらが互いに創発させるように働きかける専門職であると言うべきであろう。本講演では,この視点に基づき「一歩先」の理学療法とは何かを考えたい。なお,教育講演であることから,若手理学療法士の道標となるような情報提供を心がけたい。</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390287540626565632
  • NII論文ID
    130008011496
  • DOI
    10.14900/cjpt.47s1.f-5
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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