重症心身障害児(者)と共に過ごす看護師の役割
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- 荒谷 智子
- 東京都立府中療育センター 緩和ケア認定看護師
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Ⅰ.はじめに 看護師の役割は「傷病者や妊産婦の療養上の世話や、診療の補助を行うこと」であり、 “人を看る”という看護師独自の視点で観察や判断をし、患者の生命と生活を支える専門家であると言える。 私たちが対象とする重症心身障害児(者)(以下、重症児(者))の看護師の役割は、日常生活の援助が大きな割合を占めている。しかし、障害による合併症の重症化やフレイルに伴い、生命を支える医療が複雑化しており、人工呼吸器などの高度な医療機器を治療目的として使用するだけではなく、日常生活を支える一部として20年以上使用していることもあり、日常生活援助の中に高度な医療機器の管理が必要となる。また、日常生活の援助を通し、体調の変化を敏感に察知する能力や、骨折のリスクや肺炎のリスクを減少するために、毎日のケアにも細心の注意を払う必要があり、重症児(者)の生活と生命を支える専門家である看護師は療育の中でも大きな役割を担っている。 Ⅱ.重症児(者)の「対象」の特性と「場」の特性 窪田1)は重症児(者)看護の特徴には「重度な身体障がいに加え意思決定できないという「対象」の特性と病院機能と児童福祉施設の機能を併せもつ機関である「場」の特性があり、関わる人のありようや想いを問う徳の倫理が必要である」と述べている。そのため、特性を理解しケアに活かすことが重症児(者)看護には大変に重要なこととなる。 「対象」の特性とは、生まれたときからの心身障害により、言語的コミュニケーションが困難であり、意思決定能力も低いことである。これは、身体機能や認知能力が徐々に低下し、意思決定が困難になる認知症とは異なり、重症児(者)の場合は、自分の意思を正確に他者に伝え、人生に関わる重要な意思決定を行う判断能力が生まれたときから困難であるという大きな違いがある。このような「対象」の特性から、重症児(者)看護にたずさわる看護師には、代弁者として、重症児(者)の権利を擁護する役割が重要となる。 「場」の特性としては、当センターの入所者227名中の平均年齢は50.9歳、30歳以上の割合は89.4%。平均入所期間は33年、入所期間が40年以上の入所者は55.3%であり、施設利用者の高齢化および、入所期間が長期化している。ケアをする看護師も当センターでの経験年数が20年以上の者が多く、受け持ち看護師として、重症児(者)に長い期間に関わることが多い。これは外来通院や入院期間の短縮、病院から地域へと医療の場の転換を求められている病院の看護師と患者の関係とは異なる時間の流れがある。 図1に重症児(者)の「人生の軌跡」「病みの軌跡」を示した。 重症児(者)は生まれてから成長する時期を過ぎ、ある一定の時期になると急激に機能低下が目立つようになり、その後長い時間をかけて、生命の危機を何度も乗り越えながらエンドオブライフの時期を迎える。 重症児(者)の入所期間が長いこと、またそこで働く看護師経験が20年以上である者が多いことからも、一人ひとりの重症児(者)の「人生の軌跡」や「病みの軌跡」を共に経験し、共に過ごすことは、重症児(者)看護の「場」の特性であると考える。 Ⅲ.ナラティブの伴走者として ナラティブとは、「語り」「物語」という意味があり2)「人間はそれぞれ自分の物語を生きている」と言われている。「障害」や「病い」もまた、ナラティブの中の出来事として、一人ひとりが自分らしく向き合い、物語を創りあげている。 重症児(者)の入所施設の看護師は、24時間、365日利用者の日常生活の援助をしながら、長い時間を共に過ごし、一人ひとりの重症児(者)のナラティブの伴走者として物語を一緒に創りあげている脇役であると考える。言葉として語ることが困難な重症児(者)であっても、脇役として日常生活援助を通し、たくさんの時間を過ごすことで、潜在化されている訴えを読み取り、顕在化することができるときもある。これは重症児(者)の看護師に特有の「気づき」であり、時間をかけて培うことができる重要な感性や能力であると考える。重症児(者)一人ひとりのナラティブからの考察を通して得た非言語的な「気づき」や「経験知」「実践知」を概念化することができれば、重症児(者)看護の専門性がさらに高まると考える。 Ⅳ.緩和ケア認定看護師として 緩和ケアとは、「苦痛を取り除いてQOLの維持や向上を目標とするケア」である。苦痛を身体面のみで評価するのではなく、精神的苦痛、心理社会的苦痛、スピリチュアルな側面のすべてを評価し、介入する「全人的苦痛」の緩和を目標とする。また、終末期に限定するケアではなく、生命を脅かす疾患の診断の早期から介入し、苦痛によるQOLの低下をできるかぎり緩和するケアである。重症心身障害児は、小児の緩和ケアでは、非進行性ではあるが、呼吸器などを必要とし、重篤な状態に陥る可能性があり、小児期には死に至らないものの、継続的な緩和ケアが必要であり、重症心身障害児すべてを生まれたときから緩和ケアの対象とし、死に至るときまで緩和ケアを継続的に行う必要があると言われている。また、行う医療も治療を目指すものと緩和のための医療を厳密に区別することは難しく、経過や死期を予測することも容易ではないと考えられる。 重症児(者)は日常的に筋緊張や変形拘縮の痛みなど、目に見えない苦痛が常に存在すると考えられる。しかし、痛みは主観的なものであり、訴えてもらわなければ他者には伝わりにくいものである。図2に重症児(者)の緩和ケアの考え方を示した。 常に何らかの痛みや苦痛があり、それを伝える手段が困難である重症児(者)にとって、関わる私たちが常に苦痛を緩和する方法を考えること、また、私たちの行う日常生活ケアがさらなる苦痛を与えるものになってはいけない。生命と生活を支える専門家である看護師が、毎日のケアを丁寧に積み重ねることが重症児(者)の緩和ケアになる。重症児(者)看護は緩和ケアそのものであると言っても過言ではない。 重症児(者)看護の看護師は重症児(者)一人ひとりのナラティブの伴走者として、「対象」や「場」の特性を活かし、常に緩和ケアを意識し毎日のケアを大切に積み重ねることが、大切ないのちを最期まで輝くものにできると考える。
Journal
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- Japanese Journal of Severe Motor and Intellectual Disabilities
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Japanese Journal of Severe Motor and Intellectual Disabilities 44 (1), 69-71, 2019
Japanese Society on Severe Motor and Intellectual Disabilities
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Details 詳細情報について
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- CRID
- 1390288844907516288
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- NII Article ID
- 130008068353
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- ISSN
- 24337307
- 13431439
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- Text Lang
- ja
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- Data Source
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- JaLC
- CiNii Articles
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