タンパク質の構造変化をどのように記述するか――生体分子におけるパスサンプリング手法の発展

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タイトル別名
  • How Can We Describe the Conformational Change of Proteins?―Advances in Path Sampling Techniques for Biomolecules
  • タンパクシツ ノ コウゾウ ヘンカ オ ドノ ヨウ ニ キジュツ スル カ : セイタイ ブンシ ニ オケル パスサンプリング シュホウ ノ ハッテン

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抄録

<p>タンパク質は20種類のアミノ酸からなる高分子であり,その立体構造には生物学的に重要な意味が込められている.例えば,体内の生化学反応として重要な酵素反応を考えると,酵素タンパク質は結合する基質分子とぴったりと結合するように「設計」されている.これは「形」(分子の表面の様子)からも推察できるが,原子レベルで見ると,様々な原子間結合(水素結合など)が酵素基質間にうまく存在しているということでもある.よって,タンパク質の構造を原子レベルで調べることは最も重要であり,そのための実験手法(X線回折法,NMR,クライオ電子顕微鏡など)が開発されてきた.</p><p>一方,実験技術の進歩だけでなく,計算機の発展と相まって,分子シミュレーション法(分子動力学法ともよばれる)によるタンパク質の理解も進んできた.タンパク質の結晶構造を初期状態として(速度としてはマクスウェル分布を仮定して),古典的なニュートン方程式を原子に対して解くことにより,タンパク質の熱力学的な性質や動力学的な性質のかなりの部分はわかるのである.これはファインマンが教科書で述べたように,原子のjigglings and wigglingsから生体分子を理解しようとする試みである.</p><p>しかし,分子シミュレーションにも様々な困難が存在する.その一つは,タンパク質が機能を発現するときの構造変化の問題である.ある状態Aから別の状態Bに構造変化する際に,タンパク質は自由エネルギーのバリアを乗り越えて,ある状態から別の状態に遷移する.しかし,それは非常に時間のかかるプロセス(レアイベントともよばれる)であり,分子動力学法が不得意とする現象である.この問題に対処するために,ここ10数年で様々なアルゴリズム手法が発達してきているが,その中でもパスサンプリングの手法が有用である.</p><p>パスサンプリングにおいて,最も基本となるのは古典力学の最小作用の原理である.経路(パス)に対する作用を定義することで,ニュートン方程式を作用の「最小化」の問題に置き換えることができる.これは,始状態と終状態を決めた経路を計算するということであり,上で述べた状態AからBへの構造変化を考えるときは重要となる.しかし,タンパク質のような巨大な自由度をもつ系に対してはこれらの作用は使いづらいので,我々は経路を探すためにもっと簡便な手法を利用している.</p><p>その一つはストリング法とよばれる,経路を離散的に区分して最小自由エネルギー経路を求める方法だが,それを用いて酵素タンパク質や巨大な膜タンパク質の構造変化を捉えることができた.ただし,この手法は平衡統計力学に基づく手法であり,構造変化の動的な性質については直接的にはわからない.そこで我々は超並列計算を利用して,多数の粒子に重みをつけてパラレルに走らせる重み付きアンサンブル法とよばれる手法をいくつかのタンパク質に適用した.その結果,タンパク質の構造変化の時間スケールや構造変化が起こるときの軌道の動的な性質を突き止めることができた.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 76 (11), 714-722, 2021-11-05

    一般社団法人 日本物理学会

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