鉄の表面近傍の特異な磁性を発見――原子一層毎に磁気モーメントの大きさが増減する

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タイトル別名
  • Direct Observation of Magnetic Friedel Oscillation at the Fe (001) Surface
  • テツ ノ ヒョウメン キンボウ ノ トクイ ナ ジセイ オ ハッケン : ゲンシ イッソウ ゴト ニ ジキ モーメント ノ オオキサ ガ ゾウゲン スル

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抄録

<p>鉄は強磁性を示す金属の代表で,有史以来人類は磁石材料として利用してきた.鉄の強磁性は,周期配列した鉄原子が2.2 μBの磁気モーメントを持ち,キュリー温度770°C以下では,それらが平行に整列すると考えることで理解できる.しかしながら,結晶内部の原子は対称性のよい環境にあるが,結晶表面では原子配列の並進対称性が破れており,電子状態が局所的に変化する.はたしてこのような系で,表面層の鉄原子はバルクと同じ磁力を持つだろうか?</p><p>このような疑問に対して,1980年代にフリーマン(A. J. Freeman)達は,第一原理計算を用いて,Fe(001)の7層膜やFe(110)の9層膜の電子状態を解析し,表面の並進対称性の破れが各層の磁性に与える影響を調べた.その結果,表面の原子配置の並進対称性の破れが最表面の電子状態にバルクよりも大きなスピン不均衡を生み,鉄の最表面の磁気モーメントが増加すると指摘した.また,構造的に表面の原子密度が低いFe(001)では,表面の磁気モーメント増加に加え,表面下数層で磁気モーメントが層毎に振動するという興味深い現象(磁気フリーデル振動)が生じることを指摘した.彼らは,同じ系に対して原子核位置に働く内部磁場についても計算を行い,それが最表面で顕著に減少し,表面下では層毎に磁気モーメントと逆パターンで振動することも指摘している.彼らの研究結果は磁性研究者の強い関心を引き,多くの実験が行われたが,最表面の磁気モーメント増加に関する報告はあるものの,Fe(001)表面の磁気フリーデル振動については未観測のままであった.その理由は,超高真空中で最表面や非磁性物質上に蒸着した単原子磁性層に感度を持つ測定法は幾つかあるが,厚みのある強磁性体では内部の巨大な磁性による影響を除外して表面から深さ方向に一原子層単位で磁性を調べることはかなり難しいからである.</p><p>最近,筆者達は,超高真空中で製作した鉄薄膜の表面付近を一原子層毎に調べられる革新的メスバウアー分光法を開発した.本手法では,56Fe(非共鳴同位体)で作製した鉄表面の注目する部位に一原子層の57Fe(共鳴同位体)を埋め込んだ薄膜試料を用意し,放射光メスバウアー線源で発生させた57Feに共鳴する超高輝度γ線を薄膜に全反射させることで,試料中の57Fe層のスペクトルを迅速に測定することができる.本手法でFe(001)の表面磁性を調べたところ,内部磁場は最表面で大きく減少し,表面下数層では振動的な挙動を示した.実験と理論を比較考察した結果,この現象が,フリーマン達が予言した鉄表面の磁気フリーデル振動であることが明らかになった.本成果により,1980年代からある鉄の表面磁性の謎に明確な回答が与えられたと言えよう.また,開発した手法は,金属薄膜の表面だけでなく界面近傍も一原子層毎に磁性探査できるので,新しい磁気現象の発見や理論予測の検証が進展し,最先端スピントロニクス材料開発の加速に繋がることが期待される.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 77 (1), 23-28, 2022-01-05

    一般社団法人 日本物理学会

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