カワウの生息が森林生態系に及ぼす影響 : カワウ生息地の維持・管理に向けての基礎的研究

書誌事項

タイトル別名
  • Effects of inhabitation of the common cormorant (Phalacrocorax carbo Kuroda) on forest ecosystems : a basic study for conservation and management of the habitat
  • カワウ ノ セイソク ガ シンリン セイタイケイ ニ オヨボス エイキョウ カワウ セイソクチ ノ イジ カンリ ニ ムケテ ノ キソテキ ケンキュウ

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説明

カワウ(Phalacrocorax carbo Kuroda)は全長約80cmの大型の水鳥で、水辺の林に集団でコロニーを形成して繁殖する。本種がコロニーを形成した森林では、カワウの活動による様々な影響を受けて樹木や付近の下層植生が衰弱・枯死するという現象がみられる。近年、本種の個体数増加に伴い新たにコロニーが形成され、コロニーにおける樹木の衰弱・枯死が問題とされるケースが各地で増加している。本研究では、カワウコロニーにおける普遍的な生態系保全・管理体系を構築していくために、カワウの生息地で起こる樹木の衰弱の機構や、コロニー形成による森林生態系への影響を明らかにすることを目的とし、野外調査と野外実験を併用した総合的な研究を行った。具体的な調査内容と結果は以下のとおりである。(1)カワウ生息地における森林の変化1.1992年3月~11月にかけて、琵琶湖の2つのカワウコロニー(竹生島、伊崎)において、コロニーが形成された森林の状態を、その植物の種組成および空間構造に着目目して解析した。2.カワウコロニー内の森林は、空間構造により3つのタイプ、すなわち高木層が閉鎖している(タイプ1)、高木層・草本層ともに被覆度が低い(タイプ2)、被覆度は高木層で低く,逆に草本層が閉鎖している(タイプ3)に類別できた。3.カワウの営巣密度は、タイプ2の一部を除いた残りの地域では、ほとんど同じであった。4.カワウが営巣木として利用しているサイズ(樹高と胸高直径)の大きな樹木では、とくにひどくダメージを受けて衰弱していた。また樹種では、スギやヒノキの衰弱の程度が落葉樹と常緑樹よりも大きかった。5.コロニーの林床では, 樹木の実生や幼樹はほとんど認められず、イタドリとヨウシュヤマゴボウなど数種の草本が優占していた。(2) カワウの樹上活動が森林に与える影響1.1993年12月から1994年11月まで、知多半島鵜の山のカワウコロニーの内外でリターフォールの調査を行った結果、コロニー内では樹木の葉、枝、花、種子、果実、昆虫などの動物遺体のほかに、草本の葉や茎、魚類や甲殻類(エビ類・カニ類)、カワウの糞が回収された。2.樹種構成が類似した調査区間で年間リター量との比較を行ったところ、葉の年間リター量はカワウの非生息地の方がカワウの生息地より、またカワウの営巣密度が低い地域の方が高い地域より、それぞれ多かった。枝の年間リター量は、生息地と非生息地間の比較では葉のリター量と同様の傾向があったが, 営巣密度の違う地域間の比較では葉のリター量と逆の傾向があった。枝葉以外の年間リター量はカワウの糞の多少を反映し、生息地の方が非生息地より、営巣密度が高い地域の方が低い地域より多かった。3.樹種構成が類似した調査区間でリターフォール量の季節変化を比較すると、葉と枝のリター量では、生息地と非生息地間および営巣密度の異なる地域間ともに、カワウの生息状況に起因すると考えられる相違は認められなかった。4.カワウによる枝葉の折り取り量を反映すると考えられる葉(芽)つき枝のリター量は、生息地の方が非生息地より、営巣密度が高い地域の方が低い地域よりも多かった。また、生息地および営巣密度が高い地域におけるこれらのリター量は、5~7月のカワウの育雛期および11月のカワウの集合期に多くなっていた。(3) カワウの生息地における土壌の性質1.1992年の7月と8月に、琵琶湖の2つのカワウコロニーの内外で土壌断面を作成し、層位の測定を行った。また、深さ5cmから45cm まで10cm ごとに採集した5層の土壌サンプルを用いて、総窒素量、総炭素量、pH、含水比((含水量/乾重)×100(%))の測定を行った。2. 2つのコロニーともに、コロニー内の土壌の方がコロニー外の土壌よりもA_0層が厚い傾向が認められた。3.コロニー内の土壌中の総炭素量および総窒素量は、深さ5cmの表層部においてコロニー外の土壌よりも多い傾向が認められた。4.少なくとも調査を行った深さ50cm までは、コロニー内の土壌pHはコロニー外の土壌pHより約0.5低い値を示した。5.土壌含水比は、コロニー内の深さ5cm と15cmの表層部でのみ、大きな値を示す傾向が認められた。(4)カワウ生息地における樹木幼齢個体群の生育特性1.1995年の3月から9月にかけて、カワウコロニーの内外で、樹木種子(アカマツ、コナラ)を用いた発芽試験と、樹木実生(アカマツ、コナラ)および幼樹(コナラ)を用いた生存実験を行った。さらに、カワウの糞の付着状態別(葉と周辺の土壌への糞の付着の有無)に樹木実生(アラカシ)の生存実験も行った。2. 3月から4月にかけて播種した種子の発芽率は、アカマツ、コナラともに、コロニー内の方がコロニー外より低かった。種子の発芽率は、調査区付近の降糞量および土壌含水量と高い相関が認められたが、土壌pHおよび相対照度との相関は低かった。発芽しなかった種子は、コロニー外の一部を除いてその大部分が土中で枯死していた。3.発芽後のアカマツ実生は、コロニー外のものが徐々に枯死していったのに対し、コロニー内のものはほとんどすぐに消失した。発芽後のコナラ実生も、コロニー外のものは9月下旬まで生存する個体があったのに対し、コロニー内のものはほとんどの個体が枯死した。また、コロニー外のコナラ実生は、小動物に食害されて枯死する個体が多かったが、コロニー内のコナラ実生は、葉の周縁部に壊死が生じた後に枯死する個体が多かった。4.コロニー内外に移植したコナラの幼樹では、コロニー内に移植したものの方が生存率が低かった。また、コナラ実生の場合と同様に、コロニー内のコナラ幼樹には葉の周縁部に萎凋・壊死が、コロニー外のコナラ幼樹には食害による葉の損失が頻繁に確認された。5.ポットに植栽したアラカシ実生を、糞が全くかからない処理区、糞が葉だけにかかる処理区、糞がポット内の土壌だけにかかる処理区、糞が葉とポット内の土壌の双方にかかる処理区に分けてコロニー周辺に配置したところ、糞が全くかからない処理区以外の3つの処理区では、大部分の実生が枯死した。(5) カワウの巣材集め行動が森林に与える影響1.1991年11月から1996年4月にかけて、知多半島鵜の山のカワウコロニーにおいて、カワウの造巣活動の観察、および巣と巣材の計測を行った。2.カワウによる巣材採集は、毎年12月から5月にかけて観察された。採集地点の大部分はコロニー内部かその周辺部にあり、コロニーの範囲から離れているものでも200m以内には収まっていた。3.巣材の採集方法としては、樹上で樹木の枝葉を折り取る場合、地上で草本やササ等の地上性植物を折り取る場合、地上で落ちている植物片等を拾い取る場合の3パターンが確認された。4.つがいごとに巣材の採集行動を観察したところ、個々のつがいで樹上採集と地上採集の割合は異なっていた。5.3つの地域で2年間にわたり採集された巣(計61巣)の重さは、地域間、年度間で有意な差は認められなかった。これらの平均重量は、1.71kg d.wtであった。巣の長径、短径、厚さは、それぞれ30~60cm、25~45cm、12~40cmであった。これらの巣(計3巣)を解体したところ、いずれの巣でも重量比で70%以上が樹木の枝葉であった。その他には、ササやセイタカアワダチソウなどの草本が認められた。6.3つの地域の巣に運び込まれた巣材を調査したところ、樹木の枝葉とササ・草本を合わせた割合が90%以上を占めめていた。両者の割合は地域ごとでそれぞれ、 造巣期の1~4月の間ほぼ一定の値を示した。また、生葉がついている巣材の割合は、どの地域でも40%前後であった。以上の結果を総合して、以下のことが示唆された。1.カワウのコロニーが形成された森林では、植物の種組成や空間構造が単純化する。このような森林の変化は、森林構造や種組成に影響を及ぼすことが知られている他の鳥類や嘱乳類の例(オオミズナギドリやニホンジカ)と比較して、速度が早く、しかも大きいと考えられた。2.カワウのコロニーでは、カワウの羽ばたきや踏みつけなどの樹上活動の影響と考えられる樹木の枝葉の折り取りがあり、このような折り取りにより巣周辺では局所的に葉量が低下しているものと思われた。折り取り量は、樹木側のフェノロジー、カワウのコロニーへの出入りの頻度およびカワウの個体密度に大きく関係しているものと推察された。3.カワウのコロニーでは、大量の糞が林床に供給されるため、土壌の化学的、物理的性質が変化しており、とくに表層部ではその変化が顕著であることが示唆された。さらに、これらの土壌の変性は多くの植物に負の影響を与えることが示唆された。また糞は、とまり木周辺の樹木や草本に付着するために、植物に直接的にも負の影響を与えることが示唆された。4.カワウの巣材採集は、樹上および林床のいずれに対しても影響を及ぼすことが示唆された。5.カワウによる樹木枝葉の折り取りへの反応は、植物のサイズや種類によって異なるために、衰弱・枯死に到るまでの早さも様々であることが示唆された。同様に、糞の付着や土壌の変性による負の影響も植物の種類によって異なることが示唆された。6.カワウの活動による様々な影響を受けたコロニー内の森林では、まず高木層の葉量が低下し、つぎにそれ以下の草本層までの植物の衰弱が進み、さらには数種類の草本種のみが繁茂するという順序で変化していくことが推察された。また、それに伴って、カワウの営巣数も変化すると推察された。7.本研究の結果をカワウの生息地における樹木の衰弱・枯死問題への対応策

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