皇道大本の思想と行動 --皇道大本前史--

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タイトル別名
  • The Thought and Action of Kōdō Ōmoto : A Prehistory
  • コウドウ オオモト ノ シソウ ト コウドウ : コウドウ オオモト ゼンシ

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抄録

本稿は, 民衆宗教, 近代民衆宗教の代表的な一つであり, その中でも特異な存在といえる大本教が「皇道大本」と自称するに至るまでの過程を, 大本聖師, 出口王仁三郎と「皇道」言説の展開を中心に再構築する事を試みる。「皇道」の語は彼の自伝である『本教創世記』執筆時である明治37 年(1904)頃に理論の中核として意識され始められ, その理論は教団内での対立と孤立を受けて, 新たな自分自身の教学を体系化しようとする中で打ち立てられたものであった。大本教の初期教団とされる金明霊学会も, 出口なおとなおが所属する金光教, そして自身の霊学会との三竦みの対立の中で形成され, 王仁三郎はその対立を超克するために「皇道会」という名称のもとに組織改革をはかろうとしている。こうした対立の中で王仁三郎が錬成していった, 「皇道」理論の志向性の結実こそが, 「皇道大本」という自称であった。王仁三郎の「皇道」理論は, 「皇道」という言説自体が持つ「包容性」から免れぬものでありつつも, その内実にズレや過剰さを有することによって, むしろその「包容性」を利用する形で展開する事となった。

収録刊行物

  • 人文學報

    人文學報 108 85-96, 2015-12-30

    京都大學人文科學研究所

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