<論説>日本労働総同盟の第一次分裂と西尾末廣

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タイトル別名
  • <Article>The First Split of The Japanese Federation of Labour 日本労働総同盟 and Suehiro Nishio 西尾末廣
  • 日本労働総同盟の第一次分裂と西尾末広
  • ニホン ロウドウ ソウ ドウメイ ノ ダイイチジ ブンレツ ト ニシオ スエヒ

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説明

本稿では、左右対立が顕在化してから第一次分裂に到る時期の西尾末廣の総同盟における役割を検討する。西尾は一三年大会以後、実質的に総同盟の最高指導者となっていた。一九二四年秋、国際労働会議から帰国した酉尾は、関東労働同盟会に発生した左右対立の調停者として、鈴木会長ら本部役員が解決能力を喪失するなかで総同盟の統一を守るために奔走する。観念的な左派による右派指導者追いおとしを自己目的化した行動と、右派の執拗な左派排除斥策動のはざまにあって、西尾は左派除名に反対し、関東地方評議会の設立を認めることによってようやく小康状態をつくりだすことに成功した。しかし一九二五年三月におこなわれた全国大会における、左派の右派幹部を攻撃する態度と、その後の分派行動を見て、西尾はやむなく会長代理としてみずからの手で左派を除名することになるのである。

収録刊行物

  • 史林

    史林 64 (6), 884-910, 1981-11-01

    史学研究会 (京都大学文学部内)

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