マティアス・シュパーリンガーの《extension》のプログラムノート解題 : アドルノ、ヘルダーリン、ベケット、ヘーゲル、ヴァレリーの引用を参照して

書誌事項

タイトル別名
  • An interpretation of the program notes for “extension” by Mathias Spahlinger
  • マティアス ・ シュパーリンガー ノ 《 extension 》 ノ プログラムノート カイダイ : アドルノ 、 ヘルダーリン 、 ベケット 、 ヘーゲル 、 ヴァレリー ノ インヨウ オ サンショウ シテ

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説明

ドイツ作曲家マティアス・シュパーリンガー(Mathias Spahlinger, 1944-)の音楽作品を研究するにあたって最初に直面するのは、何より彼自身による言説の難解さである。この難解さは、言説の内容がドイツ音楽のコンテキストを理解する必要とするところにもあるが、そもそも彼の文体が哲学的、美学的で、用いる単語一つ一つの意味を捉えることさえ混乱である。本研究はシュパーリンガーの音楽作品“extension”(1979-80)に寄せられたプログラムノートを読み、解題を行うことを目的とする。この研究は、著者の博士論文で行われる“extension”の楽曲分析の前段階に位置付ける研究として、作品に作曲家問題意識から、そのテーマ性までを検証するためのものである。とりわけ、プログラムノートと楽譜に引用されるアドルノ(Theodor W. Adorno, 1903-1969)、ヘルダーリン(Johann Christian Friedrich Hölderlin, 1770-1843)、ベケット(Samuel Beckett, 1906-1989)、ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel, 1770-1831)、そしてヴァレリー(Ambroise Paul Toussaint Jules Valéry, 1871-1945)の言葉に注目し、それらの元のテクストを参照することで、プログラムノートの難解さから理解を導くための端緒をつかむ。研究の結果、シュパーリンガーのいう「反対モデル(gegenmodell)」の内実は、アドルノの用いた概念の布置(Konstellation)、または並列(Parataxis)という思考モデルに類似する。それは変奏曲やソナタ形式に見られる楽想の同一性ではなく、非同一性で持って楽想の関係を同定することであり、作品「全体」を「統合」するではなく、全ての繋がり(allseitiger zusammenhang)、すなわち、構成要素(セクション)の「配合(Konfiguration)」によって「全て」を形成するものである。更に、そのような関係性は、聴取の仕方において、常に過去の聴取体験を現在の聴取体験のレファレンスとして用い、終わりという目的性に向かってこれから聴くものを整理していく「統合」をもたらす聴き方ではなく、今まで聴いてきたものとは違った、新しいコンテクストの音楽が聴こえるのならば、それに適した聴き方に変え、一つ一つの事象に耳を傾ける「配合」をもたらす聴き方を必要とする。以上のことを踏まえ、タイトルの「拡張」は、「爆発的な広がりの軌道」と結論づけ、そのような軌道を持つことで、聴こえてくる音楽の持つ背景、すなわち、音楽のコンテクストをみることが可能と述べる。そういった意味で《extension》は、音楽的ディスクールでもあり、制度化された音楽の形式、主楽想と副楽想の権力関係、目的性を持って終わりを期待する「同定」、同一性の原理でもって作品の理解を求める全ての事象を、音楽作品に反映し、そのような「秩序」のシステムを暴露する音楽表現とも言えるのである。

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