準結晶における磁気長距離秩序――20面体と磁気異方性がもたらす多彩な磁性とトポロジー

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タイトル別名
  • Magnetic Long-Range Order in Quasicrystals―Various Magnetism and Topology Realized by Magnetic Anisotropy on Icosahedron

抄録

<p>通常の結晶では原子は周期的に配列しており,その電子状態は系の並進対称性に基づいたブロッホの定理によって理解することができる.ところが,周期性をもたない原子配列をもつ結晶が存在することが1984年にダン・シェヒトマンによって発見され,そのような新たな結晶構造をもつ固体は準結晶とよばれている.</p><p>準結晶は,周期結晶では許されない5回回転対称性などの特有の回転対称性をもつ.その結晶構造のもとでどのような電子状態が実現し,物性を発現するかは現在でも完全には解明されておらず,現代物理学のフロンティアとして注目を集めている.特に3次元準結晶において,磁気長距離秩序が実現するか否かは未解明の重要な問題であった.</p><p>準結晶と同じ局所原子配置をもち,かつ周期性をもつ結晶を近似結晶とよぶ.これまでの精力的な実験研究により,希土類元素を含む近似結晶において磁気長距離秩序が実現することが観測されている.磁性を担うのは希土類原子の4f電子である.希土類原子は20面体の頂点に位置しており,その内側と外側に化合物を構成する原子が(マトリョーシカ人形のように)入れ子状に多面体の殻構造をつくっている.</p><p>結晶中の電子はまわりのイオンから静電場を受ける.その総和を結晶場とよぶ.希土類系化合物において,4f電子状態を理解するうえで,結晶場は非常に重要であることが,周期結晶ではよく知られている.しかしながら,これまで準結晶ならびに近似結晶の結晶構造のもとでの結晶場の理論が存在せず,4f電子の強相関電子状態,特にその磁気的性質の理解を妨げていた.</p><p>最近,希土類系準結晶と近似結晶一般の結晶場の理論が点電荷モデルに基づいて定式化され,結晶場の微視的な理論解析が可能となった.この理論が希土類元素のTbを含む準結晶ならびに近似結晶に適用され,結晶場が理論的に明らかとなった.その結果,結晶場基底状態はユニークな磁気異方性を示すことがわかった.さらに,この磁気異方性の効果を取り入れた有効モデルの解析が行われ,20面体上に多様な磁気構造が実現することが理論的に示された.</p><p>興味深いことに,ヘッジホッグ(はりねずみ)状態や渦巻き状態などの非共面磁気構造が20面体上に出現し,それらは非自明なトポロジカル数で特徴づけられることも見出された.これらの状態は近似結晶においてヘッジホッグ–反ヘッジホッグ,渦巻き–反渦巻き反強磁性秩序を形成し,磁場をかけると磁化が急激に増加するメタ磁性とトポロジカル相転移を同時に起こし,トポロジカルホール効果を示すこともわかった.</p><p>さらに,Tb系準結晶において,各20面体のフェリ磁性状態が一様に配列した強磁性長距離秩序が理論的に発見された.準結晶Au–SM–Tb(SMはSi,Ge,Gaなどの元素)および近似結晶の組成を変化させることで,様々な磁性とトポロジー状態を生成できることもわかった.また,準結晶の各20面体のヘッジホッグ状態が一様に配列したヘッジホッグ長距離秩序も理論的に発見された.</p><p>最近希土類系準結晶Au–Ga–R(R=Tb, Gd)において,磁化率と比熱,中性子散乱の実験が行われた.驚くべきことに,強磁性長距離秩序が低温で発見された.</p><p>これらの希土類系準結晶における磁気長距離秩序の理論的・実験的発見により,準結晶の電子状態と物性の理解に新たな進展がもたらされた.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 77 (9), 616-620, 2022-09-05

    一般社団法人 日本物理学会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390293323872461184
  • DOI
    10.11316/butsuri.77.9_616
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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