斜面崩壊とハゲ山の関係
書誌事項
- タイトル別名
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- Relationship slope failure and devastated mountain
- A case of the Makurazaki Typhoon of September 1945 in Hiroshima Prefecture
- ―広島県における1945年9月枕崎台風を事例に―
説明
<p>1.はじめに 1940年から1960年までの日本では,死者が500人を超える土砂災害が頻発した。この時期の災害の多発や被害拡大の要因として,山地に生じた裸地(いわゆるハゲ山)や森林荒廃の存在が指摘されてきた(佐藤ほか,1949;河田ほか,1992など)。特に,1945年の枕崎台風は終戦直後に西日本を襲い,明治以降の土砂災害で最も多くの死者を出した。花崗岩が広く分布する広島県では6,000箇所以上で斜面崩壊が発生し(岩佐,2022),2,169人の死者が生じた(岩佐ほか,2021)。当時,花崗岩地域の山地には裸地が広がっていたことから,斜面崩壊が多発した要因の一つとして裸地の存在が指摘されてきたが(広島県土木部砂防課編,1951;河田ほか,1992),裸地と斜面崩壊との関係について定量的な検討は行われていない。 本発表では,斜面崩壊と裸地の分布を比較し,その関係を定量的に検討した。</p><p></p><p>2.対象地域 枕崎台風の際に斜面崩壊の発生密度が大きかった広島県廿日市市,江田島市,東広島市のうち約130 km2を対象とする。このうち,廿日市市と江田島市の斜面崩壊の発生密度は最大で86個/km2,東広島市では最大で37個/km2であった。廿日市市と江田島市の地質は花崗岩からなり,東広島市には花崗岩と流紋岩が分布するため,地質による斜面崩壊と裸地の関係の違いを検討することができる。</p><p></p><p>3.研究方法 裸地の分布を明らかにするために,1947年から1948年にかけて米軍が撮影した空中写真の実体視判読を行った。判読に使用した空中写真は約30,000〜40,000分の1である。判読の際には,尾根や斜面に広がる裸地をいわゆるハゲ山としての裸地として認定し,空中写真から生成したオルソ画像の上にその範囲をマッピングした。 岩佐(2022)による斜面崩壊のデータを使用し,斜面崩壊の発生密度と裸地の面積との関係を1 km2メッシュごとに集計した。また,崩壊源と裸地との最短距離を集計し,裸地と斜面崩壊との関係について検討した。</p><p></p><p>4.斜面崩壊と裸地の分布との関係 対象地域において,裸地は約2,300箇所に分布し,その面積は約4 km2である。多くは尾根にのみ分布するが,廿日市市の中津岡川右岸では山地斜面にまで裸地が分布する。裸地は花崗岩地域に広く分布し,流紋岩地域では限られる。 斜面崩壊の発生密度と裸地の面積の相関関係を検討すると,弱い正の相関が認められ(相関係数r=0.347),裸地が広く分布するような荒廃した山地では斜面崩壊が発生しやすいことを示唆する。特に,廿日市市では,裸地が広く分布する中津岡川右岸で斜面崩壊が集中的に発生している。また,地質別にみると,流紋岩よりも花崗岩で相関係数が大きい。 斜面崩壊の崩壊源から裸地までの距離を集計すると,5 mから10 mまでの範囲に斜面崩壊が最も多く分布し,距離が離れるにつれて崩壊の数が減少する。裸地に近接した場所で斜面崩壊が発生していることを示しており,裸地から谷頭凹地に土砂が供給されたことが要因として考えられる。大丸ほか(2014)は山口県防府地域において,2009年の土石流から過去の裸地までの距離が20 mから30 mの範囲で崩壊面積率が最大となることを報告しており,裸地が斜面崩壊にもたらす影響は長期に及ぶ可能性もある。</p><p></p><p>文献:岩佐 2022,JpGU2022年大会発表要旨.岩佐ほか 2021,広島大学総合博物館研究報告13: 123-135.河田ほか 1992,京都大学防災研究所年報35: 403-432.佐藤ほか 1949,地学雑誌57: 54-59.大丸ほか 2014,2014年度日本地理学会春季学術大会発表要旨.広島県土木部砂防課編 1951,『昭和20年9月17日における呉市の水害について』.</p><p>付記:JSPS特別研究員奨励費(JP20J22288)の助成を受けた。</p>
収録刊行物
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- 日本地理学会発表要旨集
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日本地理学会発表要旨集 2022a (0), 36-, 2022
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