松本城下町における公共井戸・湧水の利用と管理

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  • 趙 文琪
    筑波大学大学院 生命環境科学研究科 地球環境科学専攻

書誌事項

タイトル別名
  • The Functions and Management of Public Wells and Springs in the Castle Town of Matsumoto, Nagano, Japan

抄録

<p>松本市は,北アルプスをはじめとした山に囲まれた盆地に位置し,女鳥羽川・田川・薄川の複合扇状地の扇端部と奈良井川が重なり合う場所を中心に市街地が形成され,その地下には豊富な地下水が存在し,各地で湧水が見られる.高度経済成長期に周囲の森林地帯の開発や松本市内の都市化・市街地化によって保水の機能が失われ,古い井戸が自噴しなくなるとともに,上水道の普及によって,一度,公共井戸の利用が少なくなった時期があった.しかし近年,松本市では伝統的な水の文化を復元することを目指し,1990年代前後から,公共井戸・湧水のさく井工事や整備事業が行われており,井戸に飲用の機能を復活させるとともに,親水空間や観光資源としての利用も促進されている.そこで本稿では,「湧き水の町」と称される松本城下町の公共井戸・湧水を対象に,行政側および住民側の意識と活動に着目し,最近の井戸・湧水の利用と管理状況を明らかにし,土地利用と井戸の機能や維持管理の関係を分析することにより,住民参加からみた地域への影響を考察することを目的とする.</p><p> 本研究における公共井戸・湧水とは,公共の場所において誰でも使える井戸,つまり人々に開放されている井戸を指す.研究対象とした井戸は,松本城下町において市の補助金で整備され市役所によって水量管理されている20箇所と,「新まつもと物語プロジェクト」の水巡りマップに明示されている公共性が高い私設の井戸3箇所の合計23箇所である.筆者は2021年10月25日-29日,2022年5月23日-27日の2時期にわたり,松本市役所(観光プロモーション課・都市計画課・環境保全課・松本城管理事務所),松本市教育委員会文化財課,および23箇所の井戸・湧水をそれぞれ日常的に管理している町会・市民団体・地主を対象に,井戸の整備・利用・維持管理について聞き取り調査を実施した.</p><p> 市で管理している公共井戸・湧水は,周辺の土地利用状況によって,松本城管理事務所,教育委員会文化財課,建設部都市計画課と維持課という四つの部署に分けて管理されている.松本城周辺の井戸は松本城の堀の水源を提供し,堀浄化の目的として松本城管理事務所によって昭和後期および平成初期にさく井工事がなされ,一括管理をされている.昭和後期に松本市特別史跡としての「源智の井戸」は放置され汚れており,槻井泉神社の湧泉は冬季に枯れてしまっていたため,平成初期に文化財課によってさく井事業が行われ整備された.都市計画課は災害発生時の生活用水の確保,市内の回遊性の向上,市民の憩いの場の提供という機能を果たすことを目指し,2006-2009年度を中心に,14箇所の井戸整備事業を行った.さらに,松本城観光の王道ルート以外のまちなかの商店街を振興するため,市民と行政が連携して2006年に発足した「新まつもと物語」というプロジェクトの中で「まつもと水巡り」が一つのテーマとされ,2008年から水巡りマップによる観光宣伝が行われている.研究対象とした23箇所の井戸の中で7箇所は行政によるさく井・整備事業前に存在していた井戸である.整備前に存在した古い井戸は飲用ではなく生活用水の機能を有していた.上水道の普及とともに汚れて放置された井戸もあった.古い井戸における整備事業の契機は市民から市へ依頼した場合が多かった.さく井事業で整備後,公共井戸の機能は大きく変わった. </p><p> 井戸の属性や周辺の土地利用が井戸の機能と維持管理に関連していることが分かった.水量が大きく,駐車しやすい場所の井戸は水を汲みに来る人が多く,飲料水機能が大きいとみられる.松本城に近い井戸や観光宣伝の水巡りマップで大きく宣伝された井戸は観光客の利用も多い.周辺に位置している喫茶店や神社の行事と関係の生まれた井戸は,コミュニケーションの場になっている.住民参加がみられる清掃の形態は,井戸,水槽,ベンチ等の面積や規模によって異なる傾向がみられる.面積が小さい場合は,町会の一人の担当者や近隣のお店にいる人が毎日清掃するか汚れに気づいたら清掃するかという自主的な行動がみられる.水槽の面積が広い井戸や行事に関わる井戸では住民団体による定期清掃や当番清掃が行われている.清掃の意欲は地元の高齢者の方が高く,飲食店周辺など外来従業者が多い場所は意欲が低いとみられ,地域への愛着によって影響されるとみられる.</p><p> 従来の日本では地下水に対して公共の概念がなかったが,私設の井戸の市民への開放や,市の補助金で整備・管理された井戸に対する地域愛着から生まれた自主的な清掃活動を通して,公共財という意識が向上している様子がみられた.一方,近年の社会環境の変化により,町内の人と人のつながりや近所付き合いが薄くなってくると,高齢化によって人手不足の状況になると予想され,住民による内発性を維持する上での課題となっている.</p>

収録刊行物

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390293644690103040
  • DOI
    10.14866/ajg.2022a.0_58
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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