ODE/IM対応――常微分方程式と量子可積分模型の不思議な関係

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タイトル別名
  • ODE/IM Correspondence―A Mysterious Relation between Ordinary Differential Equations and Quantum Integrable Models

抄録

<p>1998年ダラム大学のパトリック・ドレイとアムステルダム大学(現トリノ大学)のロベルト・タテオは,ある量子可積分模型の熱力学的ベーテ仮説(Thermodynamic Bethe Ansatz, TBAと略す)方程式の数値解から得られた結果と量子力学の2重井戸型ポテンシャルの束縛状態のエネルギーの結果を比較し,その間に奇妙な一致があることを見つけた.彼らは他のポテンシャルの場合も一致することを確認すると,この対応を“驚くべきつながり”と称し論文にまとめた.</p><p>彼らの動機となったのはパリ–サクレー大学のアンドレ・ボロスによる量子力学の完全WKB解析におけるスペクトル行列式のみたすある関数関係式であった.ドレイとタテオはこれが量子可積分模型におけるY-系と呼ばれるものと一致することを看破したのであった.</p><p>一方でその関数関係式は1970年代に数学者の渋谷泰隆による常微分方程式のストークス現象の解析から得られたものとも一致しており,その記述を用いて対応が数学的に整備された.その後様々な常微分方程式の例で量子可積分模型との対応が確認され,2007年のドレイ–ダニング–タテオのレヴュー論文から“ODE/IM対応”という名称が一般的になった.ODEは常微分方程式,IMは可積分模型を表す.ODE/IM対応はこのように常微分方程式のスペクトル問題と量子可積分模型における関数関係式の問題の間の対応という形に定式化される.</p><p>ボロスが考えたシュレーディンガー方程式の解のħ補正を全て含む完全WKB解析において,波動関数のWKB展開は一般に漸近級数であり,収束半径ゼロの発散級数となる.彼は,リサージェンスと呼ばれる,漸近級数をボレル再総和法で扱い発散を処理する方法を用いて,スペクトルを非摂動効果まで含め厳密に計算する手法を与えた.この方法では漸近級数は別の複素平面における収束級数に変換され,その全平面に解析接続された関数をラプラス変換でもとに戻すことによりWKB周期を扱う.変換された関数のもつ特異点の情報はラプラス変換の積分路を定義する際の曖昧さを生じるが,一方で非摂動効果に関する有用な情報を与える.WKB周期の不連続性を具体的に与える公式はデラバエレ–ファムの公式として知られている.</p><p>一方で1994年サイバーグとウィッテンにより発見されたN=2超対称ゲージ理論の低エネルギー有効理論の厳密解の発見により,超対称ゲージ理論の強結合領域における物理の理解が大きく進展した.特にBPS状態と呼ばれる超対称性で保護された状態のスペクトルの研究においてTBA方程式が現れた.BPS状態のスペクトルは真空の変化により壁越え現象を起こし,その変化はTBA方程式で解析された.このTBA方程式の壁越え公式とWKB周期の不連続性を表すデラバエレ–ファムの公式との関係が筆者を含むグループにより明らかにされた.さらにこの対応により,これまで困難であった一般の多項式型ポテンシャルの場合の量子力学のスペクトル問題を量子可積分模型のTBA方程式で定式化する強力な手法が与えられた.</p><p>以上のようにODE/IM対応は,常微分方程式のWKB解析,量子可積分模型,超対称ゲージ理論といったある意味全く異なる対象を結びつける不思議かつ興味深い対応となっており,それぞれの分野に新しい発展をもたらしている.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 78 (4), 180-189, 2023-04-05

    一般社団法人 日本物理学会

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390295658314191488
  • DOI
    10.11316/butsuri.78.4_180
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • KAKEN
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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