大隅半島高山やぶさめに残る伝統的な世界観

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  • Traditional cosmology drawn from the Koyama Yabusame ritual suite, held in Kimotsuki-cho, Osumi Peninsula

抄録

<p>はじめに  大隅半島中部に位置する肝付町は2005年7月に高山町と内之浦町が合併して誕生し,「やぶさめと,はやぶさの町」を売りにしている.やぶさめは正式には四十九所神社の流鏑馬(県指定無形民俗文化財;1981年3月指定)で,10月第3日曜日に奉納される.以前は,合祀する祭神の総数に由来する四十九所神社の大祭日である10月19日に行われ,『大隅肝属郡方言集(1942)』には旧9月16日ホゼの日に行われる神事とある.高山の代名詞と呼べる伝統行事で,コロナ下で2021・22年は中止された高山やぶさめ祭というイベントも併せて開催される.神事も無観客開催となったこの2年に渡って,高山やぶさめ保存会や肝付町にご協力いただき,一連の神事および練習~直会を観察させていただく好機を得た. </p><p> 本発表では,弓道を中学校から続けている黒田の卒論での聞き取り調査の成果も合わせて,高山やぶさめをめぐって垣間見える伝統的な世界観について報告する.ここのやぶさめは約900年の歴史があり武家により形式化される前の古式の流れを汲むと強調されることから,武家らしさが漂う漢字表記(流鏑馬)を敢えて避けている.</p><p></p><p>記載  (1) 中2の少年が射手を務め,翌年には後射手として射手を指導する形をとる.奉納時に落馬などで射手が騎射できなくなった場合,後射手が代役を務めるが,原則射手は一生に一度きりである.中2男子に落ち着いたのは昭和の末と比較的最近ながら,1871年まで遡れる「流鏑馬射手馬方記録(1972)」によれば同じ射手が重複するのは2例だけで極めて例外的である.未婚の男子が一度だけ射手を務めることを厳守してきたと言える.保存会で飼う馬は,毛色は不問ながら雄に限定される.</p><p>(2) 1954年に発足した高山やぶさめ保存会が運営主体をなす.射手の父親は我が子が役目を終えた後も保存会の活動に参加することになっており,旧高山町内に居住し続けるのが条件で,射手選びは父親選びと言い換えられる.四十九所神社の神官や氏子,地元住民も会員であり,有志の入会に対してオープンである.射手と後射手の関係は,真砂をまく潮振りを務める父親同士にも当てはまり,後射手の父が射手の父に仕来りや所作を伝授する.保存会で特筆すべきは口承伝承にこだわってマニュアル化しない点である.効率化の世相を反映し,文書での継承を求める会員も出てくるが,直会での腹を割った意見交換から,全会一致で同じ方向に向かって行けるという.</p><p>(3) やぶさめ神事の2日前は潮がけで,往復異なる道程(片道約8km)を歩いて志布志湾の柏原海岸へ行く.射手のお披露目も兼ねるが,海水で身を清める神事が中心で,帰ると射手と後射手二人は宮篭り(実際はコミュニティセンター)に入る.祭事が行われ人集りがある場所から離れ,射手・後射手の父二人は,当日まく真砂を寄せ波に合わせて採取する.射手二人と宮司だけが時間と場所を知る,他言無用の禊ぎが夜半に高山川で行われる.</p><p>(4) 当日の午前催事を盛り上げる流鏑馬武者行列を終えると,弓受けの儀の神事が行われる.射手は神の化身となり,地面に触れないよう注意が払われ,両親が近くにいても会話はもとより目を合わすことすらしない.14時からの宮之馬場でのやぶさめ奉納では,馬場習わし・空走りに続いて,3回やぶさめを行う.5m間隔に立てられた笹竹で測ると,一番的35m・二番的150m・三番的265m地点の3個に騎射し,馬止場まで285m以上を駆ける.</p><p></p><p>議論  一回目の一番的のみ白羽の矢が使われることが象徴的なように,ここ高山という土地で生きていこうとする決意が読み取れる.大地には女性のイメージがあり,男性である射手が神馬から放った矢が的に当たることは男女の交わりの成就を現し,結果として収穫物が得られる.かように「五穀豊穣」の年占いとしての意義を解釈できる.また,まさに破魔矢の如く「悪疫退散」を祈願する意味合いも理解しやすい.その一方で,「国家安泰」は神社庁からの要請といった後付けの印象を拭えない.</p><p> 海と川の差こそあれ水のもつ霊力への意識は強く,潮がけを省いてのやぶさめ奉納は想像さえされなかったはずで,波打ち際で採取される真砂も重要視されている.海水が含む塩に注目しがちだが,「ウミシュ(海の砂)は塩になり,ヤマシュ(浜の砂)は米になるというウミシュヤマシュ」(徳之島町・町田進氏 私信)から‘砂’自体の力も考慮するとより豊潤な把握ができそうだ.携わる方々の情熱と少年の成長から元気をもらい,原初形態に近い世界観が息づくことに幸せを感じる筆者らである.</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390295669572635776
  • DOI
    10.14866/ajg.2023s.0_286
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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