トポロジカル磁気構造におけるスピンモアレエンジニアリング

DOI

書誌事項

タイトル別名
  • Spin Moiré Engineering in Topological Spin Textures

抄録

<p>パソコンやテレビの液晶画面の明るい部分を,少し離れたところからスマートフォンのカメラで写してみてほしい.元の画面には見られなかった縞模様が現れ,さらに拡大・縮小・回転することで模様が変化するだろう.こうした縞模様はモアレと呼ばれ,複数の波の重ね合わせによって元の波と異なる超構造が現れる極めて普遍的な干渉現象である.モアレの最大の特徴は,重ね合わせる波をわずかに変えるだけで,生じる干渉縞が劇的に変化する点にあり,例えば測長や屈折率測定,物体の表面の凸凹を精密に測定するトポグラフィーなど,様々な場面に応用されている.</p><p>モアレは,我々の目に見える世界だけでなく,原子や電子といったミクロな世界にも顔を出す.その最たる例が,二次元物質であるグラフェンをひねって重ね合わせた場合である.そこでは,ひねり角をわずかに変化させるだけで,元のグラフェンには見られない超伝導性やモット絶縁体状態が現れる.これは,ひねりによって格子構造に様々なモアレが生じ,その上を運動する電子の状態に劇的な変化がもたらされることによる.こうした格子モアレと呼ぶべき現象は,二次元物質の新しい物性を開拓する重要なツールの1つとなっている.</p><p>我々は,この電子スピン版として「スピンモアレ」という概念を提唱する.ある種の磁性体では,電子スピンが螺旋のような周期的な構造を形成し,それらが複数重ね合わさることで超構造を生じる.こうしたスピンモアレを制御できれば,格子モアレのように新しい電子状態を生み出すことが可能となるはずである.</p><p>スピンモアレには,格子モアレには見られない利点が多く存在する.まず,スピンモアレは電子スピンによって生じることから干渉縞のパターンが多彩なことに加えて,スピン間の角度に応じて生じる有効的な電磁場(創発電磁場)の変調を伴う.また,積層構造による格子モアレは二次元に限られるが,スピンモアレは三次元でも可能であり,重ね合わせる波の数にも原理的な制限はない.加えて,格子モアレは構造を変化させることは容易ではないが,スピンモアレは磁場や電場,圧力,温度といった外部パラメタを通じて柔軟に変化させることができる.さらには,ある種のスピンモアレには磁気スキルミオンや磁気ヘッジホッグと呼ばれるトポロジカルな構造を伴うことから,新しいトポロジカル現象を開拓できる可能性がある.</p><p>このようなスピンモアレを制御することは,その上を運動する電子の新しい機能を引き出し,新たな磁気・電子デバイスを開拓する上で重要な課題である.我々はこの問題に理論的に取り組み,スピンモアレの様々な変調がトポロジーや創発電磁場に劇的な変化をもたらすことを見出した.具体的には,重ね合わせるスピンの波の振幅や伝搬方向の相対角,位相などを変化させた場合に生じる多彩な磁気相転移やトポロジカル転移,それらに伴う創発電磁場の変化を解明することに成功した.</p><p>このようなスピンモアレの制御――スピンモアレエンジニアリング――は,磁性体の新しい磁気・電子状態を開拓する重要なツールとなる可能性があり,ひねった積層グラフェンとは質的に異なる物性を引き出すことができるかもしれない.我々の研究成果は,こうしたスピンモアレエンジニアリングという新たな方向性の端緒と位置付けられるものである.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 78 (6), 314-319, 2023-07-05

    一般社団法人 日本物理学会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390296343170852992
  • DOI
    10.11316/butsuri.78.6_314
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

問題の指摘

ページトップへ