ローミング反応における分子構造変形の時間分解イメージング

DOI
  • 遠藤 友随
    量子科学技術研究開発機構関西光量子科学研究所

書誌事項

タイトル別名
  • Capturing Molecular Structure during Roaming Reaction in Real Time

抄録

<p>19世紀後半に写真の撮影技術が発展し,肉眼では捉えられない高速な運動をコマ送りで観測する,いわゆるストロボ撮影が可能になった.1878年にマイブリッジ(E. Muybridge)によって撮影された「動く馬」は高速撮影の最初の例として知られ,疾走する馬が“飛んでいる”(蹄が4本とも同時に地面から離れている瞬間がある)ことが明らかとなった.物体の瞬間の姿を捉えるストロボ撮影は物事の理解を深める極めて強力なツールとして,シャッタースピードの向上等,時間分解能の向上が進められてきた.</p><p>特にレーザー技術の発展により時間分解能は飛躍的に向上し,現在では,極短光パルスをストロボ撮影の光源として用いることで,フェムト(10-15)秒からアト(10-18)秒の時間分解能が達成されている.これは分子内での原子核や電子の古典的な運動周期に匹敵しており,化学反応を実時間で捉えることが可能となってきている.</p><p>化学反応はポテンシャル曲面上で反応物と生成物を繋ぐ最小エネルギー経路に沿って進行する,という考えに基づいた固有反応座標(intrinsic reaction coordinate, IRC)が提案され,数多くの化学反応の理解が進んだ.しかし,IRCでは分子の運動が十分にゆっくりである時に通る仮想的な経路を仮定しており,実際の反応では分子の運動によってIRCに基づく予想とは大きく異なる経路を通って反応が進行することがある.例えば,2004年にホルムアルデヒド分子(H2CO)の光解離反応で発見されたローミング反応もそのような反応の1つとして知られている.</p><p>近年の研究により,ローミング反応はH2COだけでなく,NO3やアルコール類などにも存在する普遍的な反応素過程の1つであることが分かってきており,分子性解離,ラジカル性解離に次ぐ第三の解離経路として注目を集めている.大気化学や星間化学における分子の生成経路としてもローミング反応の存在が指摘されており,ローミング反応の詳細を理解することは宇宙環境における分子の多様性や生命の起源等を理解する上でも重要である.</p><p>ローミング反応はこれまで反応生成物の回転振動分光や収量の時間分解計測によってのみ捉えられてきた.これらはローミング反応の間接的な観測に留まっており,ローミング途中の分子の姿を直接捉えた例はなかった.直接観測が困難であった要因の1つは,ローミング反応ではIRCの仮定が成り立たず「解離経路」がうまく定まらないことにある.ローミング反応は最小エネルギー経路を大きく外れて進行するため,個々の分子が全く異なる反応経路(分子構造)を経由する.これはローミング反応中の分子構造を振動状態によって決定することが困難なことを意味している.また,個々のローミング反応は極めて短い時間スケールで進行するため,その様子を実時間で捉えるためには高い時間分解能が必要不可欠である.</p><p>筆者らはフェムト秒時間分解クーロン爆発イメージング計測と第一原理計算を組み合わせ,重水素化ホルムアルデヒド(D2CO)のローミング反応過程を観測することに成功した.実験の各ステップを精密にシミュレートすることで,ローミング反応による分子構造の変化と実験結果を対応づけることができた.この成果は,これまで間接的な観測に留まっていた「ローミング反応」を直接可視化しただけでなく,クーロン爆発イメージング法によって,複数の経路で同時に進行する光化学反応が各経路で異なる分子構造の変化として観測できることを示すものである.本手法は化学反応の実時間計測法の適用範囲を大きく広げ,様々な化学反応の全貌を調べるための強力な研究手段になっていくと期待される.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 78 (7), 410-414, 2023-07-05

    一般社団法人 日本物理学会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390296666511489408
  • DOI
    10.11316/butsuri.78.7_410
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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