冷却イッテルビウムの精密分光を用いた基礎物理学探索

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  • Search for New Physics with Precision Spectroscopy of Cold Ytterbium

抄録

<p>この百数十年で微視的世界の理解は飛躍的に進んだ.物質の根源を探る研究は当初放射性壊変や宇宙線のような高エネルギーの自然現象を用いて行われ,最終的に素粒子物理という一大分野を形成するに至った.発展の契機の一つは加速器の発明である.重くて寿命の短いチャームクォークやτ粒子は加速器を用いて発見された.このような高エネルギー加速器を用いた衝突実験による新粒子の探索並びに性質の決定は現在に至るまで一つの大きな流れとなっている.</p><p>一方,ニュートリノや暗黒物質と通常の物質との反応のようなまれにしか起こらない反応に注目が集まると,いわゆる非加速器実験も広く行われるようになった.非加速器実験においては期待される反応が起こる物質を清浄な環境において長時間観測することによってまれな反応を検出しそこから素粒子の性質を探る.必ずしも最高エネルギーの物理現象を取り扱うわけではないが,計測技術に関しては元々は高エネルギーの実験で使われていたものを基盤としていることが多い.</p><p>このように素粒子物理は高エネルギーの物理としての側面が強かった.エネルギースケールとしては1 MeV程度かそれ以上である.しかし,ここ10年ほどで,単一の原子やイオンの量子状態をコントロールする技術が成熟するとともに,1 eV程度の低エネルギーの物理現象を使った素粒子物理実験が急速に発展している.しばしば精密測定と呼ばれる分野である.とりわけ周波数は現在もっとも正確に計測することが可能な物理量であり,精密分光の世界では原子時計の周波数比は18桁の精度で測定可能である.1 eVとは可視光や原子の電子軌道間のエネルギー差に相当するエネルギースケールである.</p><p>なぜ低エネルギーの現象を用いて素粒子物理的な知見を得ることができるのか? 超軽量暗黒物質のように素粒子物理の対象がきわめて軽い粒子に広がっている例もあるが,基本的には最先端の素粒子物理は高エネルギーの現象を扱う.カギとなるのは精密測定の精度の高さである.時間とエネルギーの不確定性によって低エネルギーの系においてもごく短時間であれば高次の摂動項に高エネルギーの現象が入り込むことが可能であり,わずかな高エネルギーの現象が18桁の精度で測定したエネルギーの最後の1,2桁を変更しうる.例えば分子分光を用いる電子の電気双極子モーメントの測定の実験においては1 TeVを超える物理現象の影響も受けるため,特定の超対称性理論に大きな制限を課すような結果も得られている.</p><p>このような精密分光は原子を一つ選び,それを詳しく調べることによって行われる.精密分光に適した原子種はいくつか存在するが,レーザー冷却によって1 μKを下回る低温に冷却し,熱運動に伴う種々の系統的な不確かさを低減できることが大前提となる.</p><p>その中でも最近特に精力的に調べられているのはイッテルビウム(Yb)である.Ybは中性原子,Ybイオンともにレーザー冷却が可能でありかつ複数の狭線幅遷移を持ち,原子時計をはじめとする精密分光の対象として多様な応用が期待されるためである.その応用としては超軽量暗黒物質,電子と中性子の間に働く未知の力,基礎物理定数の時間変化などの種々の探索がある.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 78 (10), 574-582, 2023-10-05

    一般社団法人 日本物理学会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390297681110613120
  • DOI
    10.11316/butsuri.78.10_574
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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