符号問題と世界体積ハイブリッドモンテカルロ法

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タイトル別名
  • Sign Problem and the Worldvolume Hybrid Monte Carlo Method

抄録

<p>ほとんどすべての物理系は解析的に解くことができない.そうした場合,マルコフ連鎖モンテカルロ法を用いた第一原理計算は極めて強力な手法である.この手法は,ユークリッド作用Sx)をもつ系において,配位xのボルツマン重率ρ( x)≡eSx/∫d x eSxが配位空間上の確率分布関数とみなせることに基礎をおいている.</p><p>しかしながら,作用Sx)が複素数値を取るときには,ρ(x)は複素数となり,もはや確率分布関数とみなすことができない.そうした場合の最も素朴なモンテカルロ法は,e-Re Sx/∫dx e-Re Sxを新しい確率分布とする再重み付け法で,そこでは位相因子e-i Im Sxを物理量の一部として扱う.</p><p>ところが,自由度が大きくなると,位相因子e-i Im Sxを含む経路積分は激しい振動積分となる.一般に,符号(より一般には位相因子)が激しく振動する量の期待値をモンテカルロ計算で評価する場合,統計誤差を相対的に小さくするには「自由度の指数関数」という膨大な計算時間がかかってしまう.こうした数値計算上の困難を符号問題と呼ぶ.符号問題をもつ重要な物理系としては,(1)有限密度量子色力学(QCD),(2)強相関電子系やフラストレートスピン系,(3)量子多体系の実時間ダイナミクスなどがある.</p><p>符号問題の歴史は長く,これまで特定の問題ごとに個別の手法が進展してきたが,ここ10年ほどの間に符号問題の汎用的な解決法を探る動きが本格化した.その中で出てきたのがレフシェッツ・シンブル法である.この方法では,元の積分面を実空間から複素空間内に連続変形し,Im S=constとなるような新しい積分面(レフシェッツ・シンブル)上でモンテカルロ計算を行う.ところが,変形に伴って確かに積分の振動は緩和していくものの,今度はエルゴード性の問題が生じてしまう.実際,新しい積分面は通常複数のシンブルからなるが,異なるシンブル間には高さ無限大のポテンシャル障壁があるため,配位は新しい積分面上を自由に動くことができない.</p><p>レフシェッツ・シンブル法に内在するこの「符号問題の解消とエルゴード性の問題の発生のジレンマ」を初めて同時解決したのが焼き戻しレフシェッツ・シンブル法である.そこでは,変形パラメーター自身も確率変数とみなす焼き戻し法が実装され,ポテンシャル障壁を回避する迂回路を用意することで,符号問題が解消している領域でのエルゴード性を保証する.</p><p>焼き戻しレフシェッツ・シンブル法の計算コストをさらに引き下げたのが世界体積ハイブリッドモンテカルロ法である.そこでは,変形途中の積分面を連続的に重ね合わせた領域(世界体積)上でハイブリッドモンテカルロ法を用いた計算を行う.</p><p>この世界体積ハイブリッドモンテカルロ法は,解析結果と比較できる場合に常に正しい結果を与えているアルゴリズムである.こうした汎用性と結果の信頼性および計算コストの点で,符号問題に対する現時点で最も強力な手法の一つである.しかしながら,まだ自由度の小さな系への適用が始まったばかりであり,今後は,富岳などで実際に大規模計算を行い,大自由度系に対してどこまでこのアルゴリズムで行けるか,そして大自由度系に向けて改良する点があるとすればどういう部分かを徹底的に突き詰めることが重要である.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 78 (10), 583-592, 2023-10-05

    一般社団法人 日本物理学会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390297681110622208
  • DOI
    10.11316/butsuri.78.10_583
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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