<研究論文>近代日本における「信仰」と「儀礼」の語り方 : 姉崎正治の修養論と宗教学の成立をめぐって

DOI 機関リポジトリ Web Site オープンアクセス

書誌事項

タイトル別名
  • <RESEARCH ARTICLE>The Discourse on “Faith” and “Ritual” in Modern Japan : Focusing on Anesaki Masaharu’s Arguments on Shūyō and the Establishment of Religious Studies
  • 近代日本における「信仰」と「儀礼」の語り方 : 姉崎正治の修養論と宗教学の成立をめぐって
  • キンダイ ニホン ニ オケル 「 シンコウ 」 ト 「 ギレイ 」 ノ カタリ カタ : シサキ セイチ ノ シュウヨウロン ト シュウキョウガク ノ セイリツ オ メグッテ

この論文をさがす

抄録

近年の宗教概念研究によってもたらされた「宗教」の脱自明化から、近代日本における宗教学の成立と展開を考察することは、宗教学なる領域に対する理解を反省的に把握するために重要である。しかし、アカデミックな場に成立した「宗教学」において、「宗教」に隣接した概念であり、「宗教」の中核的な要素とされる「信仰」と、「宗教」の身体的実践の一つである「儀礼」がいかに語られたかについては、まだあまり考察されていない。  本稿では、東京帝国大学に設立された宗教学講座の初代教授であり、近代日本における儀礼研究の先駆者としても知られる姉崎正治(1873-1949)を中心として、彼の『宗教学概論』(1900年)における「信仰」と「儀礼」の語り方を考察した。そして世紀転換期における姉崎の宗教学を同時代の社会的・思想的なコンテキストの中に位置付け、姉崎が同時代の「修養」に関する議論を意識しつつ、新たな学問領域である宗教学の立場から自らの修養法を提示したということを指摘した。かかる時代状況で、「信仰」と「儀礼」の結び付きは「修養」との関わりの中で主張されたのである。  具体的にはまず、姉崎があらゆる宗教に共通している固有のものを探る宗教学の立場を強調した1900年代前後は、人格の向上を目的とする自己研鑽を求める「修養」という概念がブーム化していた時代であるということを指摘した。この時期の修養論には、「自発的実践の重視」とその半面としての「特殊的・形式的な教義や儀礼の軽視」という傾向がある(栗田 2015)。こうした時代状況に身を置いた姉崎は、「信仰」と「儀礼」を再解釈することにより、「修養」を「主我主義」・「他律主義」・「自律主義」と段階的に説き、「信仰」と「儀礼」の結び付きによる「自律主義」を理想とした。このように、1900年代前後における「修養」というあいまいなカテゴリーは、宗教学の鍵概念である「信仰」や「儀礼」が再解釈される方向に導いていったといえる。かかる姉崎の学問的営為は、近代日本における「宗教」の展開を考える上で重要な意義を持っている。

収録刊行物

  • 日本研究

    日本研究 67 127-143, 2023-09-29

    国際日本文化研究センター

関連プロジェクト

もっと見る

詳細情報 詳細情報について

問題の指摘

ページトップへ