素粒子ミュオンによる小惑星リュウグウの非破壊元素分析

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  • Non-Destructive Elemental Analysis of the C-Type Asteroid Ryugu with Negative Muon Beams―Determination of Bulk Chemistry of Ryugu Samples

抄録

<p>生命を育む水惑星「地球」は,いつ,どのようにしてできたのだろうか? この古くて新しい「自然科学の大命題」に地球惑星科学者は挑み続けている.1970年代に提唱された太陽系形成の古典的標準モデルでは,元素組成的にはほぼ均質な原始太陽系星雲から惑星が誕生した,とする.そのうえで,H2Oが昇華/凝固する仮想的な境界線「スノーライン」より内側では岩石ダストのみが集積し地球のような岩石惑星が,外側では岩石ダストに加えH2Oの氷ダストも原始惑星の材料として集積し,巨大ガス惑星,巨大氷惑星へと進化したと考える.その後,多種多様な太陽系外惑星や原始惑星系円盤が直接観測され,我々の太陽系はあまたある惑星系のバリエーションの一つであるという世界観がもたらされたものの,揮発性元素の挙動が惑星の多様性を決定するという基本的なシナリオは変わっていない.</p><p>一方,隕石学でも近年大きな進展があった.同位体比の分析精度が劇的に向上し,有効数字5,6桁での測定が可能になった.これにより我々が手にする太陽系物質(地球の石,種々の隕石,月・小惑星イトカワからのリターンサンプル)は,同位体組成の異なる2種類のリザーバーから形成されたことが明らかになった(“炭素質”のcarbonaceousを表すCCグループと,それ以外のNCグループ(not-carbonaceous)).このような同位体分別のシナリオとして,ALMA望遠鏡による原始惑星系円盤の直接撮像(右図)をヒントに,原始木星の誕生が原始太陽系星雲を分断し,同位体の2分性を引き起こしたという考え方が主流となりつつある.</p><p>このような背景のもと,小惑星探査機「はやぶさ2」は,反射スペクトルからCCグループと似ている地球近傍C型小惑星リュウグウから5.4グラムのサンプル採取に成功した.筆者らは「石の物質分析」を行う初期分析チームのサブグループとして,素粒子ミュオンを用いて小惑星リュウグウの最も基本的な情報である元素組成を決定した.この分析では,人工的に作ったミュオンを試料に打ち込み,放出される特性X線の測定を行う.分析法の最大の利点は,従来の電子由来の特性X線と比べ,200倍大きいエネルギーのX線が利用でき,1 cm程度の岩石試料内部の元素を透視することができることにある.この特長を活かし,123 mgという初期分析チームの中では最大量のリュウグウ試料を,非破壊で,地球大気に晒すことなく,炭素,窒素,酸素を含む主要元素の定量に成功した.その結果,リュウグウ試料は,揮発性元素に富み太陽組成に最も近い,炭素質隕石(CI隕石)と概ね似た組成をしていることが明らかになった.これは太陽系誕生以来,リュウグウは大規模な化学分別を経験していないことを意味する.さらに重要な知見として,リュウグウの酸素濃度がCI隕石と比べ約11%少ないことが明らかになった.これはこれまで太陽系固体物質の基準とされていたCI隕石が,地球物質の汚染を受けていたことを示唆する.</p><p>初期分析の他の結果から小惑星リュウグウは,従来のCCグループよりも低温環境,すなわち太陽から遠い場所で誕生したこと,Fe,Ti,Niの同位体比が,CCやNCグループとは異なることがわかった.これらの知見から,ミュオン非破壊分析によって我々は,約46億年前の土星以遠の固体物質の,揮発性元素を含む平均組成を決定できた,ということができる.</p>

収録刊行物

  • 日本物理学会誌

    日本物理学会誌 79 (1), 24-29, 2024-01-05

    一般社団法人 日本物理学会

詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390298698490220416
  • DOI
    10.11316/butsuri.79.1_24
  • ISSN
    24238872
    00290181
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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