ネパール東部,クンブ=ヒマールにおける農牧複合経営の変容

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  • The Current Status of Multi-altitude Agropastoralism in the Khumbu Himal, Eastern Nepal

抄録

<p>●研究の目的 ネパールのヒマラヤ山脈東部、クンブ =ヒマール地域は伝統的に農耕に加えて, ヤクの放牧 が行われており,季節的に異なる標高でヤクが放牧さ れてきた(von Fürer-Haimendorf 1964, Bjønness 1980, Brower 1991, Stevens 1991, 鹿野 2001 など)。本稿では クンブの生業としての農牧複合 (agropastoralism)に ついて、ツーリズムの浸透による地域変容の一端とし て 1990 年代以降の変容を明らかにしたい。そして、 山岳社会の生業としての agropastoralism の分析を通 して、伝統的な agropastoralism の意義と、持続可能な 山岳社会について考察する。なお、家畜種は yak (♂: yak; ♀: nak), 高地ウシ (♂: kirkhong; ♀: pham), そして nak と kirkhong の交配種 (♂: zopkiok; ♀: zom)である。とくに zopkiok は輸送家 畜として去勢したヤクとともに重要な地位を占めて いる。しかしながら、近年、この地域にミュール(mules; オスのロバとメスのウマの交配種)が進出し、地元の シェルパ族との間に軋轢を生んでいる。 ●二種の農牧複合 従来からクンブの家畜所有に は、大きく分けると二つのタイプがある。そのひと つは zopkiok や zom、そして高地ウシ(kirkhong)を 数頭だけ所有する小規模家畜所有家族である。もうひとつは, 主にヤクやナクを所有する家族 で、この家族は, 本村と夏村の間の異なる標高で農 牧複合 (multi-altitude agropastoralism) を営む家族 で、裕福な家族であり、クンブには 100 家族以上 (推定)あり、輸送家畜としての zopkiok や去勢し たヤクを生産し、この地域を表象する景観を作りだ している(これについては発表時に説明する)。なお、クンブにおける基本的作物はジャガイモとダ ッタンソバだけである。耕地には二種があり、作物を 栽培する畑 gyashing と採草地 tsitsa である。それらは、 いずれも石垣に囲まれている。</p><p>●Agropastoralism の維持機構:放牧圏とナワ クンブで agropastralism を営む住民の放牧する範囲は常住 集落ごとに決まっている。一方、家畜の移動と資源利用には多くの厳しい慣例 的規制があり、筆者らはナワ制度 (Nawa system)とよ んでいる。その実践のひとつは家畜による略奪行為か ら居住地の畑の作物を守るために, 作物の生育期間 内に一定の期間を設けて, 指定する区域から家畜を 排除することである(この排除の期間を Di という)。 家畜の移動の時期は集落ごとに選ばれたナワ(nawa: settlement officials)という管理者に委ねられる。このような Nawa system は Namche Bazar を含む一 部の集落では崩壊したが、現在でも多くの集落では強 固に維持されている。</p><p>●若干のまとめ クンブの multi-altitude agro- pastoralism は裕福な家族によって維持されてきたが、 その家族数は減少している。また一戸当たりのナク飼 育規模は 50 年前に比べて縮小している。クンブ=シ ェルパは、そのアイデンティティを喪うことなく、こ んにちでも文化的、社会的体系における多くの基本的 特徴を保持し続けているが、いくつかの深刻な問題に 直面している。近い将来のクンブ=シェルパに関する二つのシナ リオがある。その一つは、クンブ=シェルパが強い文 化的アイデンティティを持ってきたヤクを将来にわ たって維持することである。もう一つのシナリオは、 クンブ=シェルパがヤクという文化についてのアイ デンティティを維持できなくなり、クンブにはヤクが いなくなり, 将来的には, 輸送が, 人間, ミュール, そしてヘリコプターになるというものである。地元のシェルパ族がヤクに対するアイデンティテ ィを維持できる力がなければ、短期間にミュールがク ンブ=ヒマール全域に侵入することが想起され、将来 的にはヤクが絶滅してしまう可能性を排除できない。 それは筆者らの考えたくないシナリオである。</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390299859706278912
  • DOI
    10.14866/ajg.2024s.0_23
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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