日本の食の地理学におけるフードスケープ概念の可能性

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  • Possibilities of Foodscape in Japanese Food Geographies

抄録

<p>1.問題意識 食のグローバル化以降、フードチェーンは長大化し、フードネットワークの語が示すように、現代の食には多様な主体が関わり、各主体の認識が錯綜する中で食生活が営まれている。この複雑な状況を読み解く際には、食を取り巻く現象そのものを見るだけでなく、個人や集団が自らの認知する現象の構築にいかに関与し、解釈しているかという視点が有効である。そこで本稿では、空間的な食環境の構築プロセスを、構築主体の関与と認識に着目して理論的に考察するアプローチである、フードスケープ(Foodscape、以下FS)概念の、意義と課題を整理しながら可能性を検討する。2.理論と特徴 MacKendrick(2014)は「食べ物を手に入れ、準備し、食べ物について話し、食べ物から何らかの意味を得る場所と空間」がFSであるとした。FSの定義は完全には統一されておらず、研究分野や研究者個人によって異なっているが(河合,2020)、MacKendrickの定義から読み取れるように、食環境の物理的・物質的な様相と、人々による主観的な解釈とを組み合わせた概念であるという点にFSの大きな特徴がある。FSを用いて、食べ物・人々・領域の3者の関わりを大局的に捉え、その背景が社会、文化、政治、経済などの視点から多面的に考察される。公衆衛生や都市計画の分野では、FSは通常、要素を列挙し、分類し、政策介入によって改善できる可能性がある、構築された食環境とみなされている。また、社会学や文化人類学では、日常的な食の実践の社会的形成や、文化的食習慣によるFSの形成に着目した研究が行われている。一方で、地理学では、FSの導入により、景観研究の蓄積を踏まえて景観を形成し意味づける生活者の主体性を明らかにするとともに、食の地理学研究の蓄積から食の空間的な存在とその背景にある権力について、前述のような複数の視点から検討する点に期待できる。3.具体例 Pascale(2021)は、米国サンディエゴにおける、エスニック居住区のFSを取り上げ、その特徴と変容を多面的に検討している。まず、都市開発の視点からエスニックFSが議論されている。エスニックFSは地域の多様性や活気を示すものとして位置づけられ、都市の成長と資本蓄積を促進するために用いられている。その背景として、公共、民間、非営利の関係者による選別と排除の存在が指摘されている。具体的には、観光業や雑誌記事での宣伝によって、移民地区と美食としてのエスニック料理の空間的関連性が創造/想像されることで、場所が食文化の資本を提供するものになっている。さらに、宣伝の一方で、宅地・金融政策によって移民は都市郊外での居住を強いられることから、移民へのマイナスイメージが再生産され、彼らのFSが隠され続けている。次に、ジェントリフィケーションを通じた、都市のエスニックFSの変容が議論されている。エスニックFSには、移民達が経営する飲食店や食料品店が多く、地域の食料安全保障に寄与してきた。近年、そこでの食の消費が、白人中産階級にとって、食の豊富な知識や人種偏見のなさを表し、自らを他者と差別化するものとして人気を博している。その結果、彼らのニーズに合った高級なエスニック料理店が増加する一方で、エスニックの住民達は、家賃・食費の上昇と、馴染みの店や相互扶助の場の消失、場所に基づく記憶の喪失に見舞われている。こうした状況が、エスニックからコスモポリタンへの、FSの変容と解釈されている。なお、食環境の人への影響に加え、食環境の構築への人の関与など、両者の関係性を双方向的に捉えることが重要である。それにより、食に関する問題を様々な観点から重層的に描出可能となるからである。既存の食の地理学では経済的な視点が主であったが、食の社会・文化的側面を検討する点にもFSは可能性を持つ。発表では、さらに事例を示し、FS研究の可能性を議論したい。</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390299859706291072
  • DOI
    10.14866/ajg.2024s.0_255
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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