河川インフラストラクチャーの可視化と付与される価値

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  • Value Addition in the Visibilization Process of <i>Sabo</i> Infrastructure in Nagano Prefecture
  • 長野県における歴史的砂防施設の文化財化

抄録

<p>1.背景・目的・対象</p><p> 文化人類学や科学技術社会論(STS),そして近年は地理学において,インフラストラクチャーの「可視性/不可視性」が注目されている。そして,本来不可視なインフラを「可視化」する(人々に意識させる)戦略的な作業を「インフラ論的転倒」という。</p><p> 河川や砂防に関連するインフラは,「流域」で連関して展開し,その建造は自然改変の側面を持つために,複雑な「人―モノ―技術―自然」の関係性が形成されやすいと言える。本発表では,明治大正期に建造された歴史的な砂防施設が文化財に指定され地域資源として見出される(=可視化される)過程に焦点を当て,関係する人々の利害関係だけでなく,関与する様々な要素(人・モノ・技術・自然)の相互関係性について考察する。</p><p> 対象となるのは,信濃川水系の上流に位置する長野県松本市の牛伏川の砂防施設群である。江戸時代に山林荒廃によって洪水が頻発した牛伏川では,明治期から内務省直轄による石積堰堤の設置などからなる砂防事業が実施された。明治後期に長野県へ移管されると,アカマツやニセアカシアが植栽された。事業の最後期(1918年)に竣工した「牛伏川階段工」は,国内に3つしかない砂防施設の重要文化財のひとつで,階段状の石積水路を水が流れる様子は,「周囲の自然環境と調和のとれた美しい景観」と評される。</p><p>2.砂防施設群を「可視化」させる主体</p><p> 建設省の砂防学習ゾーンモデル事業に基づき,1993年に長野県により階段工上部に大正期の石積みを模した親水公園が整備された。この公園や階段工周辺は活用されず草木が生い茂る状況であったが,2007年に県教委による文化財調査が行われることになり,事前に地元住民による倒木除去や除草が行われた。この調査を経て階段工は重要文化財に指定され,県による遊歩道整備,技術者OBらによる説明看板設置,県・市によるシンポジウム開催など,関係する諸主体によって砂防施設を「可視化」する動きが加速した。</p><p>3.価値として見出される「自然」</p><p> 先述の通り,階段工は「自然との調和」という点でしばしば評価される。砂防施設群において技術者OBらが行う案内活動では,石積水路と自然環境の調和が美的価値として強調して語られることがある。</p><p> では,その牛伏川の「自然」(おもに植生)はどのようなものか。かつての上流域ははげ山であり,明治大正期に植栽されているため,古くから残る真正なる自然とは言い難い。優占した外来種ニセアカシアの老木が倒れやすく山林荒廃の問題が生じたため,近年はコナラなどの在来種への転換が進んでいる。この林相転換により,在来広葉樹の広がる,いわば「かくあるべき」自然が作られていると言える。また,地元住民や自治体による除草活動も継続して行われており,石積みと自然環境との調和が演出されている。つまり,砂防施設に関わる関係主体の活動によって「自然」が社会的に構築され,自然との調和という価値がインフラを可視化させる戦略として用いられている。</p><p> 従来のインフラ論は,人―モノ―技術の関係を中心にその政治性について語られることが多かったが,本発表では自然という要素を議論に取り込むことの意義について考えたい。</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390299859706306048
  • DOI
    10.14866/ajg.2024s.0_287
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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