山間小集落での希少種保全活動の継続要因の検討

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書誌事項

タイトル別名
  • Factors in the continuation of endangered species conservation activities in small mountainous villages
  • Case study of Otari Village, Nagano Prefecture
  • 長野県小谷村の事例

抄録

<p>1.はじめに</p><p> 農山村地域では過疎化・高齢化の進行など社会経済状況の変化にともない、森林の手入れ不足や農地の耕作放棄が進み、その結果として野生鳥獣被害や景観悪化をはじめとするさまざまな環境問題が生じている。従来から行政を中心に各分野でさまざまな対策が実施されてきたが、その効果を上回る勢いで社会の変化が進み、対策の効果を実感することが困難な状況にさえなっている。これらの問題は総じて草原的環境から森林への変化にともなうものであり、田畑や採草地、雑木林などに対する人の利用が大きく減少したことに起因している。森林化によって草原性の動植物のなかには絶滅の危機に瀕している種も多く、生物多様性の低下が指摘されている。このことは生物多様性国家戦略の中で生物多様性の「第2の危機」とされ、規制が中心の従来の対策とは違って自然への積極的な働きかけが必要なことから、その対策は容易ではない。</p><p> 農山村地域が多くを占める長野県内でも第2の危機への対応は急務であるが、個々の現場の保全活動は市民団体や地域住民によるところが大きい。しかし、そもそも人口減少が顕著な地域での取り組みは少ない。そうしたなか、長野県北安曇郡小谷村のA地区では、住民を中心とした団体が希少なチョウ類の保全に取り組み、生息数の増加などの成果をあげている。山間の小集落での住民主体の保全活動は珍しく、その活動を可能にしている条件を探るため2021年から2023年にかけて関係者へのヒアリングとアンケートによる意識調査を実施したので、その概要を報告する。</p><p>2.調査対象の概要</p><p> 小谷村は長野県の西北端に位置し、面積268km2のうち88%が森林であり、北アルプスをはじめとする壮大な自然をいかしたスキーなどの観光産業が盛んである。人口は2,647人(2020年)、高齢化率は38.3%である。A地区は村内でも最北端の山間部に位置するが、比較的平坦な土地もあり、かつては水田耕作も盛んであった。現在の常住戸数は約20戸である。地区内にあった小学校分校跡を活用した民間団体の教育施設がある関係で、その団体のOBら移住者が一定数存在する。</p><p> このA地区の周辺に生息するギフチョウとヒメギフチョウが2015年に小谷村の天然記念物に指定されたことを機に、地区住民を中心とした保全団体が設立された。会員は、地区住民のほか、自然環境保全に関心のある村民、事務局職員ら約30名である。会長は地区住民が努め、事務局は村教育委員会内に置いている。活動内容は、成虫発生期に採集者を監視するパトロールを当番制で実施するほか、生息地の環境整備や観察会などを実施している。</p><p>3.調査結果の概要</p><p> 会員への意識調査からは、多くの会員が小谷村の自然を豊かだと感じている一方で、森林や農地の荒廃、野生鳥獣による被害を問題と感じており、地元に生息する希少なチョウを絶やたくないという強い思いをもって活動している。観光が村の主要産業ではあるものの、観光や地域活性化のために保全している訳ではなく、地元の自然を将来世代のために自分たちで守っていくべきと考えており、エコツーリズムに対してもそれほど肯定的ではない状況が推察された。また、移住者は小谷村の自然を気に入って移住しており、村出身者も昔と比べて貧弱になった自然に対して危機感を持っており、両者とも地元の自然に対する強い思いが感じられた。活動内容自体はそれほど負担にはなっておらず、住民が主体となりながらも、村教育委員会や専門家の支援も適度に受けつつ安定した活動を続けていると考えられた。</p><p>4.おわりに</p><p> 会長らへのヒアリングでも、地域のシンボルを守るためにやりがいを持って活動しており、活動内容には問題を感じていないとのことであった。近年の自然保護行政は「保護」から「活用」へと比重が移りつつあるが、観光産業に直接関わらない住民にとっては自分たちの住環境を守る意識の方が強いと感じられた。Iターン移住者が一定数いることから、村出身者も地元の自然の貴重さを再認識し、両者を含めたコンセンサスが得られたことが大きいと考えられた。一方で、高齢化が進む現状から、活動自体が将来世代の負担になってはいけないと危ぶむ声もあり、将来を見据えた検討も必要であると考えられた。</p>

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390299859706346112
  • DOI
    10.14866/ajg.2024s.0_84
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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