日本におけるヨーゼフ・ハイドン受容の変遷:『ソナタ・アルバム』及び、 他の作品分野の流布の事例、並びにハイドン研究の最近の展開について

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  • A Critical Transition in Joseph Haydn’s Reception in Japan: The Case of the Dissemination of the Sonaten-Album, along with Other Categories of Compositions, and Recent Developments in Haydn Scholarship

抄録

19世紀から現在に至るハイドンの受容に関するより包括的な研究の中間結果報告として、ペータース版の『ソナタ・アルバム』の編者(L. KöhlerとA. Ruthardt)によるハイドン作品の選択基準や、その配列が恣意的であり、西洋のみならず、明治期以来の日本のピアノ演奏家、音楽愛好家のハイドン作品の理解に悪影響を与えて来たかを、ハイドンの他の分野の作品の演奏記録を参照しつつ明らかにした。日本では、小林秀雄の論説に象徴される、モーツァルトに比してハイドンの音楽に欠陥があるかのような記述が流布することにより、ハイドンの姿が歪められて来た歴史が長かったために、21世紀になるまで、この作曲家の歴史的意義に誤解が生じ、その作品の音楽的価値が矮小化されてきたことは否めない。筆者は、東京芸術大学(旧東京音楽学校)の図書館に保存されている『ソナタ・アルバム』の購入記録、使用状態を調査すると共に、それ以前に、同じペータース版による恣意的選択、配列のハイドンの『ピアノ・ソナタ集』(編者 L. Köhler)が購入され、使用されていた事実を確認した。それに加えて、旧東京音楽学校における1889年から1949年に至る演奏会の曲目記録の調査、1927年から1949年に至る演奏会プログラムの調査、加えて1925年から1949年に至る、現在のNHK交響楽団の前身である、新交響楽団、並びに日本交響楽団の演奏会記録を調査し、限られた曲目が繰り返し演奏されてきた歴史の事実を裏づけた。また、千倉八郎に代表される日本のピアノ教育者たちが、日本版の『ソナタ・アルバム』を校訂、出版するにあたり、原典版を参照する必要を認めつつも、ペータース版の内容に敢えて変更を加えることなく、誤りを含む、元の楽譜をそのまま印刷することを許容してきた歴史を明らかにした。ようやく21世紀になって、今井顕が、原典版に準拠し、ペータース版の誤りを修正した形での『ソナタ・アルバム』の出版を行い、さらに、伊東信宏、池上健一郎が、これまでのハイドン理解を修正する内容の論考を発表している。海外、特に英語圏の研究者による近年の業績はさらに顕著であり、新しい世代の研究者(B.Proksch, D. Loughridge, R. Knapp, N. Mathew)による多彩なハイドン研究が次々に出版されており、長い間の偏見に満ちたハイドンに対する誤解が修正さ れ、より健全で客観的な研究の方向性が示されることによって、ハイドンという音楽家の創造的活動の正しい評価が可能になりつつある。

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