ベトナム中部グエン朝歴代皇帝陵における伝統的水利システムの再生

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タイトル別名
  • Restoration of Traditional Water Management System in Imperial Tombs of the Nguyen Dynasty, Central Viet Nam

抄録

はじめに<br> グエン王朝の都が置かれたフエは、ベトナム中部ハイヴァン峠の北側海岸に位置し、明瞭な雨季と弱い乾季のある熱帯モンスーン地域に属する。雨季は例年8月後半から翌1月初旬頃までで、とくに10~11月にはモンスーンや台風の影響を受け、月降水量が700~800mm、年によっては1000mmを越える。一方、1月下旬から8月初め頃までの乾季にも月100mm前後の降水がある。<br><br> グエン朝の歴代皇帝陵および周辺地域では、そのような気候の特徴に対応し、雨季には陵墓およびその下流域での洪水氾濫を防ぎ、逆に乾季には陵墓の中心に造営された湖が干上がることなく、下流域に灌漑用水を供給できるよう設計・維持されてきたと考えられる。しかしながら現在では、そのような伝統的水利システムがうまく機能しなくなっている。そこで本発表では、初代皇帝のザーロン帝陵(19世紀初め)を例とし、機能不全に陥っている要因を探り、伝統的水利システムの再生について提言したい。<br><br>  <br><br>2. ザーロン帝陵での歴史的水利施設とその損壊<br><br> ザーロン帝陵の中央に位置する湖の主な水源は、その南側に広がる丘陵地に降る雨と地下水である。湖のすぐ南側で、水田となっている2つの浅い谷が合流し、そこから2本の石造りの水路で湖と繋がっている。この水田と水路は、洪水時の過剰な水を遊水させ、湖での泥の堆積を抑制する役割があったと考えられる。しかし現在、この石造りの水路の1つが損壊し、雨季にはその脇にある素堀の溝を通って大量の水が湖に流入している。<br><br> 一方、湖の最下流端には大きな石造りの水門があり、その下流側には石張りの水路が続く。水門および水路底の高さは、湖の湖岸よりマイナス50cmで、洪水期に湖の水位が上昇し、湖岸からマイナス50cmより高くなると水門から水が流出し、逆にそれ以下では湖の水位を維持するように設計されている。しかし現在、この水門と水路は大きく破壊され、湖水は壊れた水門の両脇の地面を削りながら流れ出ている。そのため湖の水位は、乾季には湖岸からマイナス約100cm以下まで低下し、雨季でもマイナス70cmほどまでしか上がらない。<br><br> また湖の下流部左岸側には、他の湖岸より約40cm低い湿地が広がっている。この湿地は、洪水期の遊水池、かつ乾季に備えての貯水池の役割を果たしていたと考えられる。しかし現在、この湿地や湿地と湖との間の護岸の管理・修復がほとんど行われず、遊水や貯留の機能を十分には果たしていない。<br><br><br><br>3. 陵墓および集水域における植生・土地利用の変化<br><br>  皇帝陵の陵墓周辺は樹高10m以上の松林で、林床には低層の植生はなく、松葉だけが地表を覆っている。これは陵墓を取り巻く清浄な空間を演出するだけでなく、雨季の激しい雨による土壌の侵食を防ぐ役割も果たしていると考えられる。しかし近年、帝陵の流域では、そのような松林がパルプ用材としてのアカシア(Acacia mangium)の植林地へと急速に変化している。<br><br> 一般にこの樹の成熟に要する期間は7~10年とされるが、当地では植林して4~5年で伐採されている所が多い。伐採は乾季の終わり頃に行われるが、再植林後のまだ幼木の時期に強い雨が降ると、そこから表土が流出する。植林から伐採までの期間が短いと、それだけ地表面から流出する土砂量は多くなる。さらに、伐採時に木材搬出のためのトラックが林業地に入り込み、顕著な土壌の破壊が起こっている。<br><br><br><br>4. 伝統的水利システムの再生に向けて<br><br> 上述のような水利施設の損壊や周辺の土地利用の変化などによって、湖への土砂流入が増える一方、護岸の修復や定期的な底泥の浚渫などが行われず、湖底が次第に浅くなり湖の貯留容積が大きく減少していると推測される。 <br><br> 今後、帝陵およびその周辺における伝統的水利システムの再生には、(1)水利システムを支える要となっている重要な水利施設の修復、(2)陵墓周辺および上流域でのアカシアを主とした林業の施行範囲や施工方法についての規制、そして(3)湖への土砂流入防止のための護岸の修復と湖底の定期的な浚渫、が必要であると考える。

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詳細情報 詳細情報について

  • CRID
    1390564237995086720
  • NII論文ID
    130007411828
  • DOI
    10.14866/ajg.2018s.0_000039
  • 本文言語コード
    ja
  • データソース種別
    • JaLC
    • CiNii Articles
  • 抄録ライセンスフラグ
    使用不可

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